神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…あれ」

気がついたら、僕は自分の精神世界にやって来ていた。

どうやら、現実の僕はお休み中のようですね。

精神世界にやって来たということは、僕はこれからフィーバータイムなのでは?

…いや、残念ながら…今夜はそういう気分にはなれないのだが。

うーん、情けない。
 
でも、さすがに僕だって、今は呑気している余裕がないことくらい分かってますから。

それより、リリスにも意見を聞いて、シュニィさんの居場所を…、

「…え?」

「…ナジュ君…」

精神世界で僕を待っていた、僕の契約者にして恋人。

『冥界の女王』リリスは、不安そうな表情で僕を見つめていた。

…何事ですか。

あなたにそんな顔をさせる輩は、全員僕がぶっ飛ばしてあげますよ。

「どうしたんですか、リリス…」

残念ながら、僕のお得意の読心魔法は、リリス相手には通じないのである。

「ナジュ君…。君、一体何と戦おうとしてるの?」

「…はい?」

…。

…ちょっと、よく意味が分からないんですけど。

リリスが凄く不安そうな顔をしているから、良くないことなんだろうなというのは分かる。

何が良くないのかは分からないけど…。

「駄目だよ、ナジュ君。『アレ』に手を出したら駄目。無視するべきだよ」

大事な警告をしてくれてるんだろうとは思うんだが、何のことか分かりません。

ちょっと…順を追って説明して欲しいですね。

「何のことですか、リリス。『アレ』って何ですか?」

「…『アレ』は獣だよ。獣であって…。…罪人だ」

「…」

「この世に存在してはいけないモノなの。だから、近づいたら駄目。下手なことをしたら、ナジュ君や…他の皆まで命を脅かされるかもしれないんだよ」

…成程、分からん。

分からんけど、リリスがとても重要な情報を教えてくれてるんだってことは、よく分かりますよ。

そして、もう一つ分かったのは…。

夕方、僕がシュニィさんの部屋で感じた獣の匂い。

あれは気の所為なんかじゃなかった、ってことですね。

やっぱり本当だったんだ。

僕だけじゃなくて、リリスも感じていた。

…いや、むしろ逆か?

リリスが感じたからこそ、僕にも伝播して伝わっていたのかも。

もしそうなら、納得が出来る。

「…詳しく説明してもらえますか、リリス」

「…それは…」

と、言い淀むリリス。

成程、そういうことですか。

ベルフェゴールさんという魔物が、契約者である吐月さんにも事情を詳しく話そうとしなかった。

逃げるように姿を消して、説明を避けた。

そして今、僕がこうしてリリスに尋ねても。

リリスは答えに窮し、視線を逸らして説明を避けている。

あの部屋には、「魔物だけが感じ取れる何か」があるのだ。

これが分かっただけでも、かなりの収穫なのでは?
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