神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…学院長先生達が、私を誘拐した犯人の正体に気づいた頃。

誘拐の実行犯であるマシュリさんが何者なのか、私もまた気づいていた。

…にわかには信じ難いことだけれど、実際マシュリさんを目の前にしたら、信じない訳にはいかなかった。

同時に、私は強い不安と焦燥に駆られた。

私の仲間達は、マシュリさんに辿り着くことが出来るだろうか?

まさか…このような人が犯人だと思いつくだろうが。

相手がマシュリさんでは、エリュティアさん得意の探索魔法でも、手がかりの一つも見つけられないだろう。

果たして私は、マシュリさんのもとから逃げ、もといた場所に帰れるのだろうか。

…いや、帰るのだ。

エリュティアさん達で見つけられないのなら、私が自ら逃げ出すしかなかった。

そしてその為には、何としてもマシュリさんを説得しなければならなかった。

でも…それは簡単ではなかった。

だって、マシュリさんは私が推し量ることの出来ない次元にいる。

彼の正体は…冥界の魔物。

もっと正しく言えば…魔物と人間のキメラ、なのだ。

「あなたは、ずっと…一人ぼっちで生きてきた、そうですよね?」

「…そうだよ」

と、マシュリさんは頷いた。

そうだろうと思う。

誰が理解出来るだろう。マシュリさんのことを。

「君はもう、僕が何者なのか分かってるんだね」

「…えぇ。確信は持てませんでしたが…」

私が誘拐されたときに見た、異形のバケモノ。

あれが、マシュリさんの正体。

…今でも、禍々しく思い出すことが出来る。

分厚く鋭い爪。ギョロギョロとした目。

くすんだ色をした、全身を覆う獣毛。

剥き出しの鋭い牙。

鋭利な鉤爪のような尻尾。

そして何より恐ろしいのが、左半身に生えた阿修羅のような三本の腕。

左右非対称な歪な姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

あれが、マシュリさんの本当の姿。

「僕は…冥界の女王リリスに仕えし、ケルベロスの血を継ぐ魔物。そのケルベロスと人間のキメラ」

マシュリさんは、自分のことをそう説明した。

「半分は魔物で、半分は人間。どっちつかずで中途半端で、魔物でも人間でもない異形のバケモノ」

「…」

「冥界にいれば、『お前は魔物じゃない』と誹られて追い出され、かと言って現世にいても…『お前は人間じゃない』と迫害される。僕の正体を知った者は、皆そう言ったよ」

…そうですか。

そう…なのかもしれませんね。

人間は、自分と違う者を傷つけてしまう生き物だから。

人間とケルベロスのキメラ…。マシュリさんがこれまで、どれほど辛く苦しい思いをして生きてきたか。

考えるだけで、私まで胸を締め付けられる思いになる。

その労苦はきっと、私がアルデン人として生まれたせいで受けた苦しみより、遥かに辛いものだったに違いない。
< 131 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop