神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
マシュリさんは、「自分には何処にも居場所がない」と言った。

冥界にいても、現世にいても。

マシュリさんはどっちつかずで、魔物でも人間でもなくて。

そのせいで、どちらにいても余所者扱いされる。

この世界の何処にも、マシュリさんを受け入れてくれる場所はなかった。

「それどころか僕は…『罪人』のレッテルを貼られて、誰からも罵られ、蔑まれた」

「…『罪人』?」

それは、一体どういう意味で…。

「何故、人間とケルベロスのキメラなんて存在がこの世に生まれたと思う?」

と、マシュリさんは私に問いかけた。

…それは…。

マシュリさんが人間とケルベロスのキメラなのは分かった。

でも、何故そのような異形の存在が、この世に生まれたのか?

そのきっかけとなった出来事を、私は知らなかった。

「罪を犯したからだよ。…僕の先祖が」

「あなたの…先祖?」

「そう。僕も昔話として聞いたことがあるだけ…。でも、僕の先祖だったケルベロスが、現世にいたとある召喚魔導師と契約して…」

「…」

「その関係はいつの間にか、召喚魔導師と契約召喚魔ではなく、愛を交わす二人の男女になっていた」

…魔物と契約者である人間が、互いに愛し合う関係になったと?

ナジュさんとリリスさんのように?

「その結果生まれたのが、人間とケルベロスのキメラだった」

それが、マシュリさんが生まれた経緯だと言うのですか。

「でも…ケルベロスの種族達は、その禁忌を許さなかった」

「いけないのですか。人間と魔物が愛を交わしては」

「駄目に決まってる。恋愛ごっこだけならともかく、勝手に魔物の血を継いだ子供まで作るなんて」

「…」

私にも…覚えがない訳ではない。

アイナやレグルスが生まれたとき、アルデン人である私と、生粋のルーデュニア人であるアトラスさんの子を生むなんて、と。

私の聞こえないところで、そんな風に罵る人がいたことを知っている。

でも…マシュリさんは、それ以上だ。

だってマシュリさんのご先祖は、互いに種族の違う者同士が結ばれた。

魔物と人間、両方の血を継いでいるなんて…。

前代未聞と言っても良い。

これまでに聞いたこともない。マシュリさんが初めてだ。

そんな生き物が…存在していたなんて。

「それ以降、僕の先祖はケルベロスの種族の群れから追い出された。そして、人間と結ばれた『罪』を背負う運命を課せられたんだ」

「何なのですか、『罪』とは…」

「…それが、あの異形の姿をだよ。彼らの子孫は全員、あの姿で生まれる業を背負うことになったんだ」

…あぁ、そういうこと。

当事者である二人が亡くなった後も、その子孫達は未来永劫、永遠に「罪」を背負った姿で生まれる。

だから、マシュリさんも…。

「僕の親も、その親もその親も…。もし、僕に子孫が生まれたとしたら、その人達も皆、皆…罪を背負ったこの姿で生まれるんだ」

「…」

「…分かっただろう?僕がいかに…この世に存在してはいけないバケモノであるか」

先祖が犯した罪、人間との間に子供を為した罪を。

その遠い子孫であるマシュリさんが、未だに償い続けていると?

何という…悲しい話だろう。

マシュリさんには、何の罪もないというのに…。
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