神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
僕がスクルトを恐れなかったように、スクルトもまた僕を恐れなかった。

僕の異形の姿を…。中途半端な、人間と獣を掛け合わせたようなバケモノの姿を見ても。

…罪人である、僕の姿を見ても。

スクルトは恐れなかった。変わらず、僕の隣にあり続けた。

僕は、普段は人間の姿を取り繕っている。

しかし、人間の姿は、僕の本来の姿ではない。

無理矢理変装して、人間…の、ように見せかけているだけだ。

あまり長く人間の姿でいると、窮屈で、身体がムズムズして耐えられなくなってくる。

だから、時折もとの姿に…獣の姿に戻る必要があった。

化粧を落として、すっぴんになるようなもの。

だが、僕はとても…「ノーメイク」で人様の前に姿を現せるような顔ではなかった。

人間の姿でいられなくなったとき、僕はスクルトに「少しの間、一人で待っていて欲しい」と頼み。

人目のつかない場所に駆け込んで、もとの姿に戻ることでストレス発散していた。

しかし、スクルトと出会った当初、僕はそのようなことをスクルトに話さなかった。

スクルトは何も言わず、何も聞かずに、僕がまた人間の姿を取り繕って戻ってくるのを待っていてくれた。

だが、ある日。

「ねぇ、いつも一人で何をしてるの?」

…スクルトの方から、そう尋ねてきた。

どうにも人間の姿でいるのが窮屈だから、少しもとの姿に戻ってストレス発散しよう、と。

いつも通り、スクルトに「少し待っていてくれないか」と頼んだら。

スクルトは、初めて僕にそう尋ねてきたのである。

「…それは…」

「あなたなら大丈夫だとは思うけど、このご時世だもの。あまり一人にならない方が良いと思うの」

「…」

…おっしゃることは正しいのだが。

いくらスクルトが僕を恐れなくても、あの禍々しい異形の姿を、彼女に見せたくなかった。

「…僕は、人間の姿のまま長くいられないんだ」

従って、僕は正直にスクルトに話すことにした。

「『変化(へんげ)』が解けて、もとの姿に戻ってしまう…。だから、定期的に時分で『変化』を解いて、たまにもとの姿に戻ってるんたよ」

「そうなのね」

スクルトは驚くことなく、納得したように頷いた。

そして。

「それなら、わざわざ私のいないところに行く必要はないわ。今ここで『変化』を解いたら良いじゃない」

…そう言うと思った。

スクルトは、優しいから。

「…気味が悪いから、見せたくないんだ」

「心配要らないわ。どうせ、私には見えないから」

そうなんだけど。

でも、彼女の目の前でもとの…ケルベロスと人間のキメラの姿に戻ってしまったら。

盲目であるスクルトにだって、分かるはずだ。

それがどれほど禍々しい、異形の姿であるか。

…僕はスクルトを怖がらせたくないし、万が一にでも…スクルトに「気味が悪い」と思われたくなかった。

だから、『変化』を解くなら一人でいるときに、と思ったのだが…。

「大丈夫よ、マシュリ。私はあなたのどんな姿を見ても、恐れたり怯えたりしないわ」

僕の不安を感じ取ったかのように、スクルトはそう言った。
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