神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「例えどんな姿でも、あなたはあなたでしょう?そう思えば全く怖くない。道端で知らない人に話しかけられる方が余程怖いわ」

「…」

…そんな。

…まぁ、無理もないかもしれない。スクルトはまだ、僕の本当の姿を見たことがないのだから…。

「気にしないで。こそこそ隠れる必要はない。あなたは何も悪くないんだから、恥じる必要はないのよ」

「…分かった」

そこまで言うなら、僕も覚悟を決めるよ。

…これでもし、スクルトに怖い思いをさせてしまうようなことがあったら。

僕はもう二度と、誰かの前で『変化』は使わない。

そもそもこんな力は、人に見せるようなものではないのだ。

しかし僕は、スクルトの求めに応じて、彼女の目の前で『変化』を解いた。

パン、と手を打って、くるりと一回転宙返りをする。

同時に『変化』が解けて、被っていた人間の皮が破れた。

現れたのは、罪を背負った禍々しい獣。

盲目のスクルトには見えなくても、その気配で、目の前にいるのがいかに恐ろしい異物であるか、彼女にも分かるはずだ。

普通の人だったら、この姿を目にするや、叫び声をあげて逃げ出すだろう。

これまで何度も、そうされてきた。

僕のこの姿を見て、悲鳴をあげなかった者は一人もいない。

さすがのスクルトも、思わず息を呑むだろうと思ったが…。

「それがあなたの本当の姿?」

スクルトは怯える様子も、臆する様子もなかった。

いつも通り平然と、けろりとしていた。

「…そう、だけど…」

「そうなのね」

あろうことか。

スクルトは恐れるどころか、平気な顔をして僕に歩み寄り。

バケモノの姿である僕の頭を、優しく撫で始めた。

「ふふ、毛並みふわふわね」

なんて、笑っている始末。

いや、その…。

そんな反応をされたのは初めてで、僕も何と言ったら良いのか分からない。

「…怖くないの?」

「何が?」

「こんな姿を見たのに…。これまでこの姿を見た人は皆、怖がって悲鳴をあげて…」

「どうして悲鳴をあげるの?見た目が変わっただけで、マシュリはマシュリでしょう?」

…それは。

「言ったはずよ。私は、あなたのどんな姿を見ても恐れない。あなたなら怖くないわ」

スクルト…。

…馬鹿みたいだ。今まで、そんなことを言う人は誰も…。

…。

「…スクルト」

「何?」

相変わらず、スクルトは僕の頭を撫でていた。

愛おしいものに触れるかのような、優しい手付きで。

「…ありがとう」

「…お互い様よ」

そう言って、スクルトはまた微笑んだのだった。

これ以降僕は、スクルトの目を逃れて『変化』を解くことをやめた。

宣言通り、彼女は僕のどんな姿を見ても、僕を恐れたり怯えたりはしなかったから。

ありのまま、自然体でいられる。

それがどれほど心が楽になるか、僕はスクルトに出会って初めて知ったのだった。





…しかし。

そんな気の緩みが、後にあのような悲劇を生み出す原因になったのかもしれない。




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