神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
スクルトは僕を恐れないどころか、僕の為に色々考えてくれているようだった。

「あなたは元々、ケルベロスと人間のキメラなのよね?」

ある日唐突に、スクルトは僕にそう聞いてきた。

「?そうだけど…」

「それなのに、どうして普段は人間の姿になってるの?」

「それは…あの姿だと人目を引くから。わざと人間の姿を装って…」

まぁ、長く人間の姿ではいられないから、たまにもとの姿に戻る必要があるのだが。

すると。

「人間の姿になれる…ってことは、他の姿にもなれるの?」

え?

「他の姿?」

「うん、そう。猫とか鳥とか」

猫って…。

「僕は…どちらかと言うと、猫より犬に近いんだけど…」

「あ、そうか…。ケルベロスは犬なのよね。でも、私は犬より猫の方が好きだわ」

スクルトは猫派であるらしい。

それは初めて知った。

「そういう他の動物にはなれないの?」

「…どうだろう?やってやれなくはないと思うけど…」

「どうせなら、色んな動物になれた方が良いんじゃないかしら」

確かに、スクルトの言う通りかもしれない。

人間は何かとしがらみが多くて、面倒だからな。

人間じゃなくて通りすがりの猫に化けたら、そういうしがらみからも逃れられそうだ。

それに何より、他ならぬスクルトの提案だから。

「やってみるよ。上手く『変化』出来るか分からないけど…」

「大丈夫よ、マシュリなら」

…。

「…それは、『赤』い未来?」

「いいえ、見てないわ。未来を見て何もかも知ってしまったら、何が起きても新鮮味がなくてつまらないから」

「それでも、僕なら大丈夫だって言えるんだ」

「勿論。マシュリなら…私達なら大丈夫よ」

そう。

そんな風に思い込みたいだけだって分かってるけど、実は僕もそう思うよ。

「この先どんなことが起きても、私とあなたの未来は明るいわ。大丈夫」

「…それも予測?」

「いいえ、これは私が『見た』未来。ちゃんと『赤』かったから、確定の未来よ」

それは心強い。

スクルトが未来を見て、しかも赤く見えたのなら大丈夫だ。

保証書付きだな。

僕はこのとき、幸福に目が眩んでいた。

だから、気づかなかったのだ。

僕達の未来が、確定して明るいものである、なんて。

ほんの少し考えたら、そんなはずがないことは分かったはずだ。

それでも僕は、気づかなかったのだ。

…あるいは、心の何処かで気づいていながら…見えなかったフリをしていたのかもしれない。

スクルトの隣りにいることが、あまりにも居心地が良くて…。

それがいつか終わってしまう日が来るなんて、万が一にでも考えたくもなかったのだ。
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