神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…」

ナジュにそう言われても、アトラスはしばし、釈然としない顔をしていた。

まぁ…当然だな。

犯人に悪意があろうとなかろうと、愛する妻を誘拐されていた事実に変わりはない。

マシュリに思うところがあるのは、当たり前だろう。

だからって、いきなり掴みかかる様子はないが…。

「…確認しておくが」

アトラスが、重々しく口を開いた。

地獄の閻魔みたいな声だ。

「何を?」

「お前、シュニィに何か…良からぬことはしてないだろうな?」

…そこ重要?

…まぁ、重要だな。

「別に何もしてないけど」

だ、そうだ。

ナジュが反論しないので、マシュリは事実を口にしているのだろう。

「何もされてませんって…。さっき言ったじゃないですか」

シュニィがボソッ、と呟いていたが、アトラスは自分自身で確認したかったのだろう。

更に。

「で、お前がシュニィを連れ去ったのは、自分の居場所の為…帰る場所が欲しかったから。そういうことだな?」

「…そう、だよ。信じてもらえないかもしれないけど」

…そうだったんだ。

何だか…凄く切ないな。

「…そうか」

と、アトラスは頷いた。

次に、アトラスがしたことは。

そんな理由でシュニィを!と激高するのではなく。

「…確かに、家族…居場所は大切だな」

納得したように、アトラスはそう言った。

「家族の為なら、どんなことでも出来る…。その気持ちは俺にも分かる」

…だな。

そういや、アトラスはそういう奴だった。

マシュリがぶっ飛ばされるかもなんて、杞憂だったようだ。

「シュニィがお前を許してやってくれ、と言ってるしな。…シュニィが美人であることに免じて、今回は許してやろう」

何回言うんだ、お前それ。

余程大事なことらしい。

「…」

あまりにもあっさり許されたことに、驚いたのか。

さすがのマシュリも、言葉を失っていた。

ごめんな、驚かせて。

こういう奴なんだよ。アトラスは。

誰より家族を愛しているからこそ、自分の居場所、帰るべき場所を求める気持ちを理解出来る。

…そうか、家族…居場所、ね。

それは大切だな。

「…何だって皆して、簡単に僕を許して…」

マシュリは小さく、そう呟いた。

何?

「マシュリさん…あなたはまだ、ナツキ様の命令に従うおつもりですか?」

シュニィがマシュリに尋ねた。

…返答如何によっては、簡単にマシュリを解放する訳にはいかなくなるな。

「あなたの前にこの国にやって来た、元同僚のルディシアさんは、私達と一緒をに来てくださると言いました。あなたも…どうか」

シュニィはマシュリに手を差し伸べた。

いかにもシュニィらしいな。

更に、シュニィに負けず劣らずのお人好しがもう一人いる。

「私からもお願いだよ、マシュリ君…だったね?私達の味方になってくれないかな」

そう言ってマシュリを勧誘したのは、勿論我らがイーニシュフェルト魔導学院の学院長、シルナである。

むしろ、シュニィのお人好しはシルナ譲りかもな。

シルナのことだから、そう言うと思った。

自分の命を狙いに来た者にさえ、平然と手を差し伸べる奴だからな。

今更、俺も反対しないよ。
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