神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「何が駄目なんだ?」

まさか。

ナツキ様を裏切った自分がここにいたら、俺達までナツキ様の粛清に巻き込まれてしまうから、とか。

そんなつまんない理由じゃないだろうな?

令月達が以前、そんなこと言ってたな。

自分らが寝返ってしまったら、周囲にいる人間まで巻き込んでしまうって。

気にすると思ってるのか?今更そんなこと。

「俺達に遠慮する必要はないんだぞ」

俺達が今、マシュリと手を組めば。

今にも増して、アーリヤット王国と敵対する姿勢を、ナツキ様に見せてしまう。

でも、それが何だと言うんだ?

ルディシアを匿ってる時点で、既に俺達はナツキ様の地雷を踏んでいる。

そこにもう一人マシュリが増えたところで、痛手にも何もならない。

しかし…マシュリが言いたいのは、そういうことではなかった。

「僕は駄目なんだ。人間の近くにいたら…またあのときみたいに…」

…あのとき?

俺とシルナは首を傾げたが。

マシュリから事情を聞いたらしいシュニィと、そんなシュニィの心を読んだナジュは、険しい顔をしていた。

おい、何なんだよ。あのときって。

前に何かあったのか。

「…暴走してしまう恐れがあるんです、彼は」

俺の心の中を察して、ナジュが説明してくれた。

「何だよ、暴走って…」

「本来、ここ現世は、マシュリさんにとって異界なんです。かと言って…人間の血が入っている以上、冥界にいるのも辛いでしょうけど」

どっちつかずの半端者…なんだったっけ?

魔物でもなければ、人間でもない…。

そのせいでマシュリは、現世にいても冥界にいても、「ここは自分の居場所じゃない」という意識に苛まれている。

酷い話だ。

何処にいたって、マシュリはマシュリだろうに。

「そのせいで、魔力が安定しない。魔物としての魔力、人間としての魔力のバランスが取りづらくて…。おまけに、厄介なのはケルベロスの呪いです」

呪いだって?

また何の話だよ。

「…これ、話して良いですよね?」

「…どうぞ」

ナジュはマシュリに確認を取ってから、俺達の方に向き直った。

「マシュリさんは、ご先祖の代から呪われてるんです。もう二度と、魔物の身でありながら人間と交歓しないように…」

「何それ…?呪いって…どんな呪いなの?」

「簡単に言うと、特定の人間と一定期間仲良くしてると、マシュリさんの魔物としての魔力が暴走しちゃうんです」

…何だと。

そんな…意味不明な呪い…。

「…僕の魔力が暴走したら、自分でも抑えきれない強い衝動に駆られて…周囲にいる人間を巻き込んで、何もかも…滅ぼしてしまう」

「…」

「僕がこの呪いに気づいたのは…そうやって力を暴走させて、大切な人を失ってからだった」

…酷い。

酷いとしか言いようがない。

「…そんな…」

これには、シルナも絶句していた。

ナジュのときも、令月やすぐりのときも大概酷い話だって思った。

でも…マシュリに課せられた重い罪は、とてもじゃないがマシュリ一人の身には、余るものだった。
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