神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
特にマシュリは…アーリヤット皇王ナツキ様を裏切って、ルーデュニア聖王国に亡命している状態だ。

その点、ルディシアにも同じことが言える。

ルディシアはあの自由奔放な性格だから、誰に何を言われても自分の意見を変えることはないと思うが…。

マシュリの場合は、ナツキ様に誘われて『HOME』に居場所をもらったという恩義があるからな。

と言っても、マシュリの話を聞く限り、ナツキ様に言いように利用されていただけで。

拾ってもらったからと言って、とても恩義を感じるような扱いを受けていたとは言えないが。

それでもマシュリにとっては、まだナツキ様や『HOME』に思うところもあるだろう。

こいつ、律儀だもんな。

「ないとは思うが…お前達が裏切ったことを知って、『HOME』の連中がお前達に報復するかもしれないだろ?」

「…それは…」

「裏切り者には死の制裁…当たり前だよねー」

「僕らも『アメノミコト』を裏切った当初は、色々と揉めたよね」

元暗殺者組がそう言った。

それだよ。

俺達も、そのときのことをまだ覚えてるからさ。

『アメノミコト』と『HOME』は違うって分かってるけど。

ナツキ様も『アメノミコト』の鬼頭みたいに、裏切り者を粛清する為に刺客を送ってくる…みたいなこともあるもしれない。

そうなったとき、マシュリが一人で背負わないで済むように。

「良いか、自分一人で対処出来ないことが起きたら、何でも言えよ」

「…」

おい、返事は?

マシュリは呆気に取られたような顔で、俺をじっと見つめていた。

…何だよ。

「分かったか?」

「…いや、でも…」

でもじゃないんだよ、でもじゃ。

「あの人は…皇王様は、そこまでするほど、僕のことを気にかけてなんかいないと思うよ」

「そうだとしても、だ。ナツキ様の件に限らず、困ったことがあったら言えって言ってるんだよ」

俺に言いにくいなら、シルナでもナジュでもシュニィでも良いから。

とにかく、一人で抱え込むのはやめろ。

「分かったな?」

「…うん」

こくり、と頷くマシュリ。

よし、それで良い。

「そういえば、僕達先輩になったんだね」

令月が言った。

「…先輩って?」

「自分の組織を裏切って、イーニシュフェルト魔導学院に鞍替えした先輩」

そういう意味かよ。

あまり…嬉しい意味の先輩ではないのでは?

「ほんとだ。俺先輩じゃ~ん。すぐり先輩って呼んでくれていーよ」

図に乗るなすぐり。

確かにそういう意味では先輩かもしれないが、年齢はマシュリの方が遥かに上なんだぞ。

しかし、マシュリは素直なので。

「分かった。すぐり先輩」

お前な、嫌だったら嫌って言って良いんだぞ…?

という、一連のやり取りを見て。

「マシュリ君が来て、また賑やかになりそうだね」 

シルナはにこにこと、機嫌良く微笑みながら言った。

賑やか…と言えば聞こえは良いが、更にカオスな感じにはなりそうだな。

まぁ、嫌な気はしないけどな。
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