神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「どうやら奴は、聖魔騎士団の副団長を誘拐したようです」

コクロが、報告書を読みながら言った。

聖魔騎士団の副団長…。

確か、アルデン人の女じゃなかったか?

よくもまぁ、そのような薄汚い人間を重用したものだ。

「誘拐には成功したのか」

「はい、そのようです」

半端者…マシュリ・カティアは、聖魔騎士団の副団長を誘拐した。

そこまでは、まぁ悪くないアプローチだ。

しかし、今回のターゲットは聖魔騎士団ではなく、イーニシュフェルト魔導学院の学院長だと伝えたはずだが。

何故勝手に、ターゲットを替えたんだろうな?

勝手な判断で、指示されていないことをやった。

だから失敗するのだ。…あの役立たずめ。

「誘拐に成功したなら、何故しくじった?シルナ・エインリーをやり損なったのは口惜しいが、聖魔騎士団の副団長を殺せたなら、最低限の目的は…」

「それが…マシュリ・カティアはどうやら、聖魔騎士団の副団長を誘拐しただけで、殺害はしなかったようです」

…何?

「ただ閉じ込めていただけとか…。捜索に来た聖魔騎士団の連中に見つかって、副団長は保護され、マシュリ・カティアは捕まったのでしょう」

「…」

「それから…密偵によると、マシュリ・カティアは処刑されず、ルディシア・ウルリーケ同様、ルーデュニア聖王国で保護されているようです」

…へぇ。

あの半端者、罪の形をしたバケモノは。

恥知らずにも『HOME』を裏切って、敵国についたのか。

厚顔無恥も甚だしい。

それとも何だ。生きることに執着などない、みたいな顔をしておきながら。

いざ自分が殺されるかもしれない状況に陥ると、途端に死ぬのが怖くなったか?

臆病者め。

「それで、ルディシア・ウルリーケ同様、あの半端者も一緒に寝返ったと…」

「…そう考えるのが妥当かと」

…ふーん。

ネクロマンサー、ルディシア・ウルリーケには、最初からそれほど期待していなかった。

あの男の能力は稀有で、実力も確かだった。

しかしあの男は、人の命令を聞くタイプではない。

ただ面白い方に、面白い方に流されて、自分の興味関心の赴くままに行動する。

奴の関心を引くことが出来れば、頼もしい味方になり得るが。

そうでなければ、敵にも味方にもなる。非常に扱いにくい性格だ。

ルディシア・ウルリーケをルーデュニア聖王国に派遣したのは、シルナ・エインリーを暗殺する為でもあり。

同時に、扱いにくいあのネクロマンサーを、厄介払いする為でもあった。

だから、ルディシアが寝返ったことを聞かされても、大して驚きはしなかった。

さして痛手でもない。むしろ、このタイミングで厄介払い出来て良かった。

しかし、マシュリ・カティアまでしくじるとはな。

ルディシアの役割が陽動だとしたら、マシュリの方は本命だった。

実際、コクロの報告を聞く限り。

マシュリは初動に成功し、聖魔騎士団の副団長を誘拐することに成功した。

それなのに、あろうことか奴は、捕らえた人質を殺さなかった。

誘拐に成功した時点で、すぐに殺してしまうべきだったものを。

何故みすみす逃した?時間を与えれば与えるほど、人質を取り返されるリスクは上がっていく。

結局、人質を取り返され、マシュリ本人も捕まる羽目になってしまった。

…無血で目的を達成出来るとでも思ったのか、あのバケモノは?
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