神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
シュニィの娘なんだから、賢くない訳がないとは思っていたが。

まさか、マシュリを見た途端に「猫ちゃん」だと気づくとは。

…いや、まぁ猫ちゃんではないんだけども。振りをしてるだけで。

「よく分かったな…」

「敏い子供なら、たまに気づかれることがあるんだ」

と、マシュリ。

そうなのか。子供だけに分かる…幽霊みたいだな。

「アイナ、マシュリさんは猫ちゃんの姿になれるだけで…。猫ちゃんじゃないんですよ」

「?でも猫ちゃんだよ?」

シュニィが説明を試みるも、アイナはあくまで無邪気であった。

まぁ、うん。

猫なんだよ。…猫じゃないんだけど。

何言ってんのか分かんなくなってきた。

「猫ちゃん見たい!見せてー」

全く物怖じしないアイナは、マシュリの服の袖を引っ張ってせがんだ。

まさか、自分がせがんでる相手が、10日ばかりに渡って母親を誘拐していた犯人だとは思ってないだろうな。

知らないってのは幸せなことだ。

「こら、アイナ。マシュリさんに無理を言っては…」

「無理じゃないよ、別に」

アイナを叱ろうとするシュニィを遮るように。

すっくと立ち上がって、マシュリは両手をパンと打ち、その場でくるりと一回転。

毎回思ってるんだが、その一回転は必要なんだろうか。

『変化』に不可欠な儀式の一部なのかもしれない。

…それはともかく。

マシュリはあっという間に、いろりの姿に変わった。

さすが。

「わー!すごいすごい!猫ちゃんだ〜」

目の前で突然、人間が猫に変わったというのに。

アイナは全く怯える様子はなく、それどころか手を叩いて喜んでいた。

大物の器だよ、シュニィ。お宅の娘は。

「かわいい、かわいいね〜」

よしよし、といろりを撫でていた。

それどころか。

「猫ちゃんだけ?お兄ちゃん、猫ちゃんにしかなれないの?」

いろりを撫でながら、そんな質問をした。

いや、そんなことはないはずだが。

「それは…。…他にもなれるよ。全ての生き物になれる訳じゃないけど…」

えぇと、確か。

猫より小さな生き物にはなれなくて、あと空を飛んだり、水の中に生息する生き物にはなれないんだっけ。

だからつまり、シルナみたいに、カマキリやトコジラミにはなれなくて…。

その他は…何になれるんだろう?バイソンとか?

「ほんと?じゃあ…そうだ!ぬりかべにはなれる?」

無邪気に尋ねるアイナ。

…何故ぬりかべ…?

しかも、マシュリの返事は。

「なれるよ」

なれるのかよ。

え、マジなの?

俺とシルナとシュニィが、目を点にしているその前で。

いろりフォームのマシュリは、再び一回転。

次に現れたのは、どっしりと俺達の前に立ち塞がる…、

…ぬりかべ。

「…」

…マジ、だったみたいだな。
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