神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「もう充分だよ。もう充分…幸せだった」

「…」
 
…遺言か何かかよ。

これから死にに行くとでも言いたげだ。

「これ以上迷惑はかけられない。この場所を僕が壊してしまう…前に、僕はここを出ていく」

「…で、今度は何処に行くんだ?アーリヤット皇国に帰るのか」

「帰らないよ。また…しばらく、放浪の旅に出ようと思う」

…つまり、また居場所のない…根無し草の生活を続けるって訳だ。

何処にも居場所のない、永遠の孤独と苦しみの中で。

それでも、お前は…。

自分の孤独よりも、自分に良くしてくれた人々を守ることを優先するんだな。

…馬鹿。

マシュリにとっては一大決心なんだろうが、その選択は間違ってると断言出来るぞ。

「…ふざけんなよ、お前」

何もかも、自分で勝手に決めて、自分で勝手に納得して。

俺達の為だって?誰がお前にそんなこと頼んだ?

お前を歓迎する振りをしながら、腹の中ではお前を迷惑に思っていたとでも?

勘違いも甚だしい。

「何度も言ってるだろ。お前はここにいて良いんだよ」

…いや、むしろ。

いてもらわないと困る。

「お前がいなくなったら…そう、また生徒達が悲しむだろ」

10日ほど行方不明になったときでさえ、生徒達は酷く心配していたのに。

マシュリが消えてしまったら、またいろりがいなくなった、と生徒達は悲しむはずだ。

「それは…。…申し訳ないと思うけど…。…里親を見つけた、とか言って誤魔化せば大丈夫なんじゃないかな…」

勝手なこと言ってんじゃねぇぞ。

何と言って言い訳しようが、いろりがいなくなったら、残された生徒の心のケアをするのは俺達なんだぞ。

お前は自分からイーニシュフェルト魔導学院にやって来て、俺達と関わりを持ったのだ。

それなのに今度は、自分勝手に俺達の前から消えるという。

本当自分勝手だ。

お前の方から学院にやって来たんだから、無責任にいなくなるようなことをするな。

「行っちゃ駄目だよ、マシュリさん…。ずっとここにいてよ」

「何の為に、あなたにセレーナの歴史を仕込んだと思ってるんです?」

天音とイレースがそれぞれ言って、マシュリを引き留めた。

「それとも、マタタビでも持って来ましょうか?」

「うぐっ…そ、それは…ちょっと後ろ髪を引かれる…けど」

だってよ。
 
死ぬほど持ってこようぜ、マタタビ。

「でも…やっぱり、これ以上迷惑はかけられないから…」

何が迷惑だよ。

今更出ていかれる方が迷惑だっての。

「主君の傍に仕えるのは、臣下の務めだと思いますけど。その義務を放棄するんですか?」

ナジュが、マシュリに辛辣な言葉をぶつけた。

…えっと。

主君?臣下?

確か…ケルベロスという種族は、ナジュの中にいるリリスの…眷属なんだっけ。

しかしこの二人は、純粋な主君と臣下の関係とは言い難い。

ナジュはリリスと融合してるってだけで、リリス本人じゃないし。

マシュリもマシュリで、ケルベロスの血は半分だけで、残りの半分は人間だ。

だから、こんな言葉でマシュリを脅すことは出来ない。

しかし、マシュリは律儀な性格なので。

「それは…リリス様には、申し訳ないと思っています」

そう言って、ナジュ…って言うか、リリスに謝罪した。

「ですが、このままここにいたら、僕は…あなたに手を掛けてしまうかもしれない」

「…」

「それだけは…絶対に嫌なんです…」

…あっそ、成程。

決意は固い、って訳だな。
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