神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
彼らの言っていた、「暴走しないで済む方法」。

僕はその方法を知っている。

あの日の夜…ルディシア・ウルリーケがイーニシュフェルト魔導学院を訪ねてきた日。

僕は聞き耳を立てて、学院長室内の会話を聞いていた。

別に、隠れてこっそり立ち聞きしていた訳じゃない。

半分ケルベロスの血が流れている僕は、嗅覚は勿論、視覚や聴覚、五感の全てが人間のそれを遥かに上回っている。

つまり、聞きたくなくても聞こえてしまったのだ。

シルナ・エインリーが提案した方法…。

確かに、理論上はそれで上手く行くのかもしれない。

だけど僕には…そんな方法で、本当に暴走を抑えられるのか分からない。

僕は以前暴走したとき…スクルトを殺してしまったとき…のことを、ほとんど覚えていない。

とにかく、身体の内から膨大な力…エネルギー…みたいなものが、次々と溢れてきて。

全く自制なんて効かなくて、気がついたら全部破壊し尽くしていた。

僕は魔物だ。化け物なのだ。

シルナ・エインリー達が、僕の為にあれこれと方法を考えてくれているのは有り難いけど。

化け物に、常識は通用しない。

どんな方法を用いても、僕を止められるとは思えない。

そもそも僕は規格外の存在であって…。冥界の生き物であるから、現世の生き物と同じようには考えられない。

…つまり、僕が出ていけばそれで解決なのだ。

誰にでも分かる。一番シンプルで、最も確実な方法。

誰も傷つけずに済む。…僕以外は。

そうするべきなのだ。僕のことなんてどうでも良いから…。

…それなのに、僕は彼らに引き留められるままに、学院に残るという選択をした。

馬鹿みたいだ。

まさか、期待してるって言うのか?

本当にあんな方法で、僕の暴走が止められるとでも?

二度と誰も殺さないで済むと?

そんな夢物語を期待して、もしかして自分がずっとここにいられるなんて思ってる?

本当…馬鹿みたい。

そんなの無理に決まってる。

このまま、情に引き摺られて…自分を甘やかして…この居心地の良い場所に居続けて。

そしていつか、また…スクルトのときみたいに。

何もかも全て、大切なものを破壊し尽くした後。

自分の愚かさに絶望して、気が狂うほど後悔するのだ。

またあんなことを…繰り返そうとしているのだ。

それが分かっていて、何故僕はまだ…この場所にしがみつこうと…。

…。

「…スクルト…」

僕は一人、かつて僕が殺してしまった人の名前を呼んだ。

「僕は一体…どうしたら良い…?」

これでもまだ、君は。

僕の未来は、僕達の未来は幸福に溢れていると言えるのか?
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