神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…ルーデュニア聖王国に、このイーニシュフェルト魔導学院に来てから。

僕は、スクルトに出会ったときと同じものを感じ始めていた。




「あ、おはよー。いろり」

「いろりちゃーん。今日も可愛いねぇ」

「今日の餌当番は私だから。もうちょっと待っててね」

「もうすぐキャットタワーが届くんだって。楽しみだな」




朝起きて、猫の…いろりの姿に『変化』して、校舎に向かうと。

大勢の生徒が僕を見て、あれこれと声をかけてくれた。

不思議な気分だ。

これまでも、何度も猫の姿に『変化』したことはあったけど。

それほど友好的に受け入れられるのは、初めての体験だった。

僕がいろりの姿に『変化』したのは、元はと言えば、怪しまれずにイーニシュフェルト魔導学院に潜り込む為であって。

今となっては、もういろりの姿に『変化』する理由も必要もなくなった。

…はずなのに。

生徒達に請われるまま、僕はいろりの姿に『変化』している。

遊んでもらったり、おやつをもらったり。

優しくしてくれる彼らだって、僕の本当の姿を見たら悲鳴をあげるだろう。

それは分かっている。

分かっているけど、優しくしてもらえるのが嬉しくて。

「生徒の為」と言いながら、本当は誰よりも自分の為に、僕はこの学院に留まっていた。

生徒だけではない。




「あ、いろりちゃん…マシュリ君だ。おはよう」

「お、マシュリじゃないか…おはよう」

「マシュリさん、おはようございます」

「今日も元気ですね。絶好調ですか?」




イーニシュフェルト魔導学院の教員達。

僕は彼らの命を脅かす為に、学院に潜入したというのに。

彼らはそんなこと、全く意に介さない。

僕がいろりの姿だろうが、マシュリの姿だろうが関係ない。

まるで同僚か友人のように、親しく声をかけてくる。

奇妙な感覚だった。

誰からも罵倒されるのが当たり前で、優しくされるのに慣れていない。

それどころか彼らは、僕の居場所を作ろうと努力してくれていた。

同族からも気味悪がられ、故郷を追い出されたこの僕が。

まさか、現世に自分の居場所を得ようなんて。

冥界にいた頃だったら、絶対に信じなかっただろう。

そして、僕に優しくしてくれる人は…もう一人。




「おはようございます、マシュリさん」

シュニィ・ルシェリート。

シルナ・エインリーの暗殺を断念した僕が、彼の代わりに誘拐して、10日ばかりに渡って閉じ込めていた女性である。
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