神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「また遊びに来てくださいね、マシュリさん。あれ以来アイナが毎日、マシュリお兄ちゃんと遊びたい、って言ってるんです」

シュニィ・ルシェリートは、笑いながらそう言った。

何でそんな甘いことが出来るんだ。

自分を拉致した相手に向かって、優しく微笑むなんて。

ましてや、自分の娘と遊ぶように頼むなんて。

僕を憐れんでいるのでもなく、ましてや蔑みの気持ちなんて欠片もない。

ただ本物の善意、本物の優しさで僕に接してくれる。

シュニィ・ルシェリートもまた、生まれによって苦しみ、深い孤独の中で生きてきた。

それ故に、彼女には分かる。

世の中は案外、捨てたものじゃないと。

自分の醜い姿を気にしない、他の人と同じように接しくれる人がいると。

彼女は、そんな優しい人に出会えた。

だからこそ、僕に対して同じように優しく出来るのだ。

自分が受けた優しさを、その温もりを…僕に教えてくれようとしている。

知ってるよ、僕だって。

世の中は酷いことばかりじゃないんだって、分かってる。

スクルトに出会って、僕はそう思えたんだから。

でも、いずれその温かい居場所を、自分の手で壊してしまうとしたら?

それが分かっているのに、どうして今の安楽に身をやつすことが出来るのか。

認めよう。確かにここは、僕にとって温かい居場所だ。

ずっとここに居たい。出来ることなら、僕もシルナ・エインリーや、シュニィ・ルシェリート達と肩を並べて生きたい。

でも、それは許されない。

これじゃ、スクルトのときと同じだ。

こんな幸せは、決して僕のものであってはならないのに。

皆が優しくしてくれるから。居心地が良いから。

ずっと胡座をかき続けて、そしていつか…。

…「時間切れ」のときが来て、取り返しのつかないことになって。

そのときになって僕は、再び自分の罪の重さを知る。

そうなる前に、僕はこの場所を出ていくべきだった。

誰にも迷惑をかけないように。もう二度と…誰の未来も奪わずに済むように。

…それなのに。

僕の心の弱さが、それを許さなかった。

あと少し、ほんの少しだけこのままで…。

そう思い続けて、僕は破滅の時を先送りにした。

シルナ・エインリー達が、いくら僕に優しかろうと。

世界は、僕の罪は、いつだって僕に優しくなんてしてくれない。






…破滅の時は、ある日突然やって来た。





< 273 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop