神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…俺は顔を上げて、マシュリの姿を見つめていた。

初めて見た。

これがマシュリの…本当の姿。

猫の姿とも、人間の姿とも違う。

マシュリに対して、恐怖心なんて持っていないと思っていた。 

どんな姿であろうとも、マシュリはマシュリだと。

でも…果たしてこの姿を見て、それでも俺はまだ、同じことを言えるだろうか。

これほど重い罪を背負ったマシュリに、気休めじみた綺麗事が言えるだろうか。

マシュリはずっと…こんなものを背負い続けて…。

「…呆気に取られてる場合じゃないぞ」

膝をついたまま、ジュリスがそう言った。

「羽久、大丈夫か?立てるか」

「…あぁ。…何とかな」

ジュリスに促がされ、俺は考えるのをやめ、のろのろと起き上がった。

…今は考えてる場合じゃないな。それは後回しだ。

とにかく今は、何とか今を凌ぐ方法を考えなくては。

「…逃げた方が良い…のは、百も承知なんだが…」

残念ながら、それは無理だな。

逃げ切れるとは思えないし、何より、俺は今もこの校舎にいる生徒達を、何としても守らなければならない。

ジュリスが防御魔法陣を展開して、マシュリの魔力を抑えてくれているが。

これは長く持たないはずだ。

「何とかして…マシュリを正気に戻さないと」

マシュリがあれほど恐れていた、魔力の暴走。

今起きているのは、間違いなくその現象だ。

魔物の魔力の暴走…これほどとは。

ジュリスが防御魔法陣を展開してくれてなかったら、今頃学院ごと吹っ飛んでただろうな。

「生徒達を…先に逃がせ。暴走が収まるまで、こいつはここに放置して…」

と、ジュリスが提案した。

…そうだな。人命優先。

マシュリには申し訳ないが、暴走が収まるまでマシュリは放置するしかない…。

…平時であれば、俺もその意見に賛成しただろうな。

でも、今は違う。

「いや…。マシュリを抑えよう」

「っ、正気か、お前…!?これほどの魔力、どうやって…」

「切り札がある。もうすぐ…シルナが戻ってくるはずだ」

あとほんの少し、マシュリをこの場に留めおけば。

シルナが、マシュリを止める切り札を持って戻ってくる。

さっきの凄まじい魔力の暴発…。いくらジュリスが抑えてくれたとはいえ、シルナなら気づいているはずだ。

さすがのシルナも今頃、ケーキそっちのけで、学院に急いでいるだろう。

おっさんの足は遅いから、いくら急いでも時間はかかるかもしれないが…。

あと少し、もう少し粘ることが出来れば…。

これ以上マシュリを苦しませずに、暴走を止められるかもしれない。
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