神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…「前の」俺に、身体の主導権を奪われ。

意識を失った俺は、再び二十音が身体の奥に引っ込んだことで、代わりに押し出されるようにして目を覚ました。

「っ…!」

自分がさっきまで何をやっていたのか、にわかに思い出して、そして戦慄した。

俺、意識を失ってしまってた。

そして、代わりに現れたのは「前の」俺。

常軌を逸した時魔法の使い手である「前の」俺が出てきたら、さすがのマシュリも生きて帰れまい。

目の前にマシュリの亡骸が転がっているんじゃないかと、背筋が冷たくなった。

しかし。

俺が目を覚ましたとき、マシュリは相変わらず、悲しそうな咆哮をあげて暴走を続けていた。

マシュリ…まだ、生きてる。

その理由は、考えるまでもなかった。

気がつくと、学院長室の中にシルナの姿を見つけた。

マシュリの魔力をことごとく反射して、一人で猛攻を凌いでいた。

…戻ってきてたのか、シルナ。

それで合点がいった。

シルナが、「前の」俺を止めてくれたのだ。

そうでもなきゃ、「前の」俺が大人しく身体の中に引っ込むなんて有り得ない。

マシュリを殺さずに済んだこと、シルナが間に合ったことに安心して。

しかしその一瞬後に、安心なんてしてる場合じゃないと、自分を叱咤した。

まだ何も解決してないんだからな。

マシュリを救うまでは、まだ。

「…っ…」

俺は手をついて、何とか起き上がろうとした。

シルナが戦ってるのに、俺だけ床にくっついて寝ている訳にはいかないだろ。

…でも。

「…くっそ…。この、軟弱…」

二度もマシュリの魔力を、もろに食らってしまって。

ついでに、手のひらから大量に出血したダメージが、まだ残っている。

かろうじて出血は止まっているようだが、失った分の血液が、そう簡単に回復するはずもなく。

情けないことに、頭がぐらぐらと回るばかりで、起き上がるだけでも至難の業だった。

何やってんだ、馬鹿。目ぇ回してる場合じゃないだろ。

シルナが戦ってるんだぞ。床に這いつくばってる場合か。

さっさと起きろ。起きて、杖を持って、戦うのだ。

マシュリを救うんじゃなかったのか。

「…!二十音…いや、羽久…!?」

シルナが、床で悶えている俺に気づいた。

ごめんな。お前に任せっきりで。

「起き上がらないで。大丈夫だから!」

「…何が…大丈夫、だよ…!」

何も大丈夫じゃないだろ。

誰も彼も、皆限界を迎えているのに。

お前一人だけに、何もかも押し付けて堪るか。

痛みを、疲労を感じない振りして、俺は気力だけで両手をつき、根性で起き上がろうとした…。

…そのとき。

目の前に、黒い影が横切ったかと思ったら。

「足手まといですよ。寝ていなさい」

「…!イレース…?」

現れたのは、バチバチと雷を迸らせる杖を持ったイレースであった。
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