神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
イレースだけではない。 
 
マシュリが放った巨大な魔力の塊が、バターのように一刀両断された。

「遅くなってごめん。加勢するよ」

黒装束を纏った令月が、両手に小太刀を構えてマシュリと相対した。

そして、令月がいるということは…。

…暴れようとしていたマシュリの身体に、太いより紐のようなものがぐるぐると巻き付いた。

「生徒の避難かんりょーしたから。ここからは、俺達のターンだね」

同じく黒装束を来たすぐりが、両手に糸を絡ませていた。

「…お前ら…」

…間に合ったのか。
 
更に、もう一人。

「羽久さん…!大丈夫?」

天音が駆け寄ってきて、急いで回復魔法をかけてくれた。

さっきまで、絶望的な状況だったのに。

俄然、何とかなりそうな気がしてきた。

こんなに頼り甲斐のある加勢があるか?

「天音…。俺は…俺は良い。ナジュや、ベリクリーデや…ジュリスを、先に…」

有り難いが、俺は二の次で構わない。

あいつらの方が、ずっと傷ついているはずだ。

特にナジュなんて、また地獄の苦しみを味わっているに違いない。

しかし、天音は。

「そうだね。でも君も負けないくらい重傷だから。少し大人しくして」

有無を言わせない口調で言われて、俺は黙り込むしかなかった。

…情けない。でも、ありがとう。

お陰で、ぐるぐる回っていた視界がもとに戻ってきた。

…これなら、俺もまだ戦える。

「前の」俺は、シルナが抑えてくれた。しばらくは出てこないだろう。

多少無理をしても、俺の人格のまま保っていられるはずだ。

「頼む、もう少しだけ…。…マシュリを救いたいんだ」

俺は天音の目を見て、必死に頼み込んだ。

俺も一緒に戦わせてくれ。

俺の熱意に負けたのか、天音は仕方ないという風に頷いた。

「…分かった。でも、無理はしないで」

…上等。 

俺は再度懐中時計を握り締め、ふらふらと立ち上がった。

大丈夫、まだ行ける。

「天音、ナジュやベリクリーデを…」

「うん、すぐに治すよ」

負傷したナジュやベリクリーデの介抱を、天音に頼み。

改めて、マシュリの前に立つ。

四方八方に飛ぶ、マシュリのでたらめな攻撃のことごとく。

シルナに反射されるか、イレースの雷で相殺されるか、あるいは令月の小太刀で切り裂かれていた。

シルナの手には、例の黒い指輪がある。
 
…あれを、何とかマシュリに嵌めなくては。

その為には、まずマシュリの動きを封じる必要がある。

そして、この中でそれが出来るのは…。

「…すぐり、ちょっと頼めるか」

「分かってる。今準備してるところだよ」
 
すぐりは両手に糸をからませ、時間をかけて魔力を込め、少しずつ糸の太さと強度を増していった。

更に、久々に見る、先端がドリルのように尖った黒いワイヤーまで伸ばしていた。

話が早くて助かるよ。

マシュリの動きを封じるには、すぐりの糸魔法が不可欠。

だが、並みの強度の糸だと、先程のようにマシュリが引き千切ってしまう。

強度を増し、更に俺が再び、マシュリの時間を極限まで遅くする。

それで止められるはずだ。

俺達がマシュリの動きを封じられれば、すぐにシルナが指輪を嵌めてくれるだろう。

「…やるしかない」

救うって言ったんだから、救うぞ。

もう少し耐えてくれ、マシュリ。
< 289 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop