神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
案の定。

マシュリは、俺が差し出した手を取ろうとはしなかった。

「…立てるか?」

「…僕は…」

ようやく正気に戻ったマシュリは、周囲を見渡して、そしてこの状況を理解した。

簡潔に言うと、部屋の中はまさに惨状であった。

学院長のテーブルも椅子もソファも本棚も、原型を留めないほど破壊され。

カーテンは引き千切られ、窓ガラスは粉々に割れ。

まだらに裂けたカーペットには、色んな人間の血が染み付いている。

あれ、多分ほとんど俺の血だな。

天音に介抱されているものの、ナジュとベリクリーデは意識を失い。

ずっと防御魔法陣を展開してくれていたジュリスは、何とか意識はあるが、ぐったりとして動けないようだ。

かく言う俺も結構重症だし。

シルナもイレースも、それに令月とすぐりも、疲労の色濃く滲んだ顔をしている。

これらの惨状を巻き起こした原因が誰なのか、分からないマシュリではない。

「…これ…僕が、全部…」

その口調は明らかに、自分を責めていた。

両手で顔を抑え、目は絶望に染まっていた。

…またやってしまった、と思ってるんだろうな。

また…自分のせいで傷つけてしまった、と。

「僕が…僕のせいで、また…」

「…お前のせいじゃない。誰も死んでない」

全員守りきった。お前は誰も殺してない。

誰の未来も奪ってない。

そしてその指輪がある以上、お前はこれから先、我を失って誰かを傷つけることはないのだ。

「遅くなって悪かった。…もう大丈夫だ」

助けるって約束したからな。

ちゃんと約束…果たせて良かった。

…しかし、マシュリは。

「大丈夫…?…これの何処を見たら、大丈夫なんて言えるんだ?」

「…」

「こんな…何もかも壊してしまったのに。僕のせいで。僕の罪…僕の過ちのせいで…!」

…また、それかよ。

マシュリの罪。マシュリの過ち…。

「僕のせいで…僕がこの世に生まれてきたせいで…!」

…この、馬鹿。

黙って聞いてりゃ、ふざけたことばっかり言いやがって。

僕の、僕が、僕に何だって?

「僕が…この世に生まれてさえこなければ…。僕の罪が、未来を…」

生まれてこなければ良かった、なんて。

簡単に口にするな。

「お前のっ…」

俺は、マシュリの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

「お前の…罪じゃないだろう!」

自分じゃ背負いきれないものを、一人で背負って。

何もかも自分のせいにすることで、自分の不幸の理由にして。

分かっているはずだ。マシュリだって本当は。

お前を許せないのは、誰よりもマシュリ自身なのだということを。
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