神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
いろりが可愛いのか知らないが、あろうことかシルナは。

「はいっ、いろりちゃん。チョコブラウニーあげるね〜」

「コラ」

何をあげようとしてるんだ。やめろ。

「猫にブラウニーをやるな」

人間の食べ物、ましてやチョコレートなんて、猫に食べさせて良いはずがない。

最悪死ぬぞ。

「うぅ、分かったよ…。でも、一緒にチョコ食べたかったな…」

「それは諦めろ」

キャットフード以外の食べ物を与えるんじゃない。

いくら可愛かろうと。それとこれとは話が別。

それにしても、このいろりは賢い猫だった。

チョコブラウニーを差し出されても、匂いを嗅ぐこともなく、近よりもしなかった。

これは自分が食べちゃいけないもの、ということを理解しているかのようだ。

出されたものが美味しそうだったら、何でもパクパク食べてしまうシルナとは大違い。

すると、そこに。

「失礼しますよ、学院長」

「あ、イレースちゃんだ」

我が校唯一の女性教師、イレースが学院長室にやって来た。

いつものように、片手に郵便物と書類の束を持って。

「見て見てイレースちゃん。いろりちゃんだよ〜」

「見なくても分かります」

「あ、そうだ。チョコブラウニーあげるよイレースちゃん。美味しいよ〜これ。刻んだドライフルーツが入っててぜっぴ、」

「これ、今日の書類です。目を通しておいてください」

「…無視…」

そんなことはどうでも良いとばかりに、華麗にスルーされたな。

仕方ない。相手はイレースだからな。諦めろ。

「ねぇねぇイレースちゃん。ちょっといろりちゃんと遊んでいかない?」

「は?」

目をキラキラ輝かせるシルナに、イレースは怪訝そうな顔をした。

「ほらっ、いろりちゃんと遊ぼうと思ってね、色々買ってきたんだよ。猫じゃらしとか、けりぐるみとか。凄い可愛くてね〜」

「結構です」

また無駄遣いをしたのか、と軽蔑した眼差しである。

大丈夫だよ。シルナのポケットマネーだから。

「羽久もほらっ。はい、エビのけりぐるみ。これで遊んであげて」

いや、俺にわたされても。

つーか、何故エビ…?

けりぐるみをいろりに渡してやると、いろりは早速、もぞもぞとけりぐるみを抱っこして遊び始めた。

成程、癒やされるな。

少なくとも、学院長室にいろりがいてくれたら、シルナと二人きりで気が滅入るということはなさそうだ。

イレースは、そんないろりを胡散臭そうに見ながら。

「その猫、教室や学生寮には忍び込んでないでしょうね?学院長室に出入りするのは勝手にすれば良いですが、生徒のいる教室や学生寮に、勝手に忍び込まれては堪りませんよ」

中には猫が好きじゃない生徒や、動物アレルギーのある生徒もいる訳だからな。

…しかし。

「大丈夫だよ、イレースちゃん。いろりちゃんは賢いから!」

…こればかりは、親馬鹿ならぬ…猫馬鹿のシルナに同意せざるを得なかった。
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