神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
そう。この猫、いろりはかなり頭の良い猫だった。

俺も、教室や学生寮や、あるいは稽古場の方で彷徨いているんじゃないかと心配したものだが。

そんな様子は全然ない。

まるで、自分が入って良い場所をしっかり熟知しているかのようだ。

学院長室にはやって来るし、もといた園芸部の畑の方もうろちょろしているようだが。

決して教室の中には入らないし、学生寮にも入らない。

学生寮の入り口までは行っても、玄関付近で足を止め、それ以上中には進まないとか。

別に特別な方法で躾けた、とかじゃない。

「ここは入っちゃ駄目だよー」と言って聞かせたくらいだ。

それで理解してんだから、この猫天才だよ。偉い。

それだけではない。

聞くところによると、いろりは躾の行き届いた猫のようで。

日中は学院の敷地内を、自分が動き回れる範囲の中でうろうろしているそうだが。

当番の生徒が餌をやる時間になると、生徒が探すまでもなく、餌やり場となっている中庭にやって来て。

で、そこで餌を食べていくとか。

なかなか賢い奴だよ。

それにほら、シルナがチョコブラウニーとか変なものをあげようとしても、絶対食べないしさ。

食堂に勝手に忍び込むようなことも、あるかもしれないと思っていたのに。

今のところそういうこともなく、ちゃんと自分に与えられた餌だけを食べているとか。

見境なく、甘い物ばかりばくばく食べているシルナとは大違いだ。

猫に負けてんぞ、お前。

「それに、こんなに人懐っこい猫なのに、自分を可愛がってくれる生徒にしか近寄らないしな」

これも本当賢いと思うよ。

誰彼構わず近寄ったりしないんだよ。自分を可愛がってくれる生徒にしか近寄らない。

あれかな。動物の本能って奴で、分かるんだろうか。

「この人は自分を可愛がってくれる」とか、「この人は自分のことが苦手なようだ」とか。

すげーよな。ある意味、人間より空気読むの上手い。

俺、猫なんて飼うの初めてだから、他の猫と比較しようがないけど。
 
うちのいろりって、結構優秀な猫なのでは?

…って、俺も相当猫馬鹿になってるな。

そんなつもりはなかったんだが…。

「ふーん…。うちのパンダより賢いじゃないですか」

「そうなんだよ」

もうパンダ飼うのやめて、いろり一匹だけにしようぜ。

「…ねぇ、そのパンダって…もしかして私のこと…?」

「では、私はこれで失礼します」

逃げたな。

イレースは一礼して、さっさと学院長室から出ていった。

仕方ない。猫に負けるおまえが悪いよ、シルナ。
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