神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…一方、その頃。

こちら、海の上。

積み荷置き場の影に隠れて、アーリヤット皇国への航路を順調に進んでいた。

僕も『八千歳』も、船酔いをするほど軟弱な身体ではないが。

僕達より遥かに五感に優れ、ついでに干し肉とか塩漬け肉の匂いのせいで、マシュリはかなり辛そうだった。

鼻が良いって、大変なんだね。

アーリヤット皇国に着くまでの辛抱だよ。

「船って、乗ってるだけで運んでくれて楽だからいーけど、退屈だよねー」

『八千歳』は、積み荷の木箱にもたれて。

山積みになっていたリンゴを一つ、しゃくしゃく齧りながら言った。

え?輸出品のリンゴを勝手に食べて良いのかって?

一つ二つくらいバレないからセーフ。

「そうだね。待ってるだけで、やることほとんどないもんね」

と、僕は手を動かしながら答えた。

暇だから、ちょっと手内職中。

「…それにしても、今日ツキナとニンジン収穫する約束してたのに。すっぽかしちゃって悪いことしたなー」

そういえばそうだったね。

ニンジンでケーキを作るんだって息巻いてた。

「仕方ないよ。思い立ったらすぐ行動しないと、不死身先生に会ったときバレちゃうから」

「そーだよ。ナジュせんせーってほんと厄介だよねー」

読心魔法もそうだけど、あの人死なないからね。

暗殺者にとっては、天敵どころじゃない。

あの人が敵に回らなくて良かったと、心からそう思うよ。

「帰ったらツキナに謝んないとなー」

ツキナどころか、学院の教師陣全員が揃って激怒していることを、僕達は知らない。

すると、そこに。

「…はぁ…」

「あ、帰ってきた」

さっきから姿が見えなくなっていたマシュリが、うんざりしたような溜め息をつきながら戻ってきた。

「何処行ってたの?」

「干し肉の匂いにうんざりしたから、猫の姿でこっそり甲板に上がってみたんだけど…。今度は潮風の匂いにうんざりして、また戻ってきた」

本当に大変だね。鼻が良いって。

マスクでもつける?

「それに、海の上は嫌いだよ。僕は水の生き物にはなれないし、かと言って空も飛べないし」

陸の生き物だからね。

その点、船がもし沈没したとしても、かろうじて泳ぐことは出来る僕達人間の方が、まだマシなのかもね。

「…それで、さっきから何やってるの?」

と、マシュリは僕の手元を見つめて尋ねた。

あぁ、これ?

暇だからやってたんだけど…。

「毒。作ってるんだよ」

やっぱり敵国に潜入するんだから、手数は多い方が良いと思って。
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