神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
内心、このままずっと戻ってこないんじゃないかって心配だったんだよ。

このまま…ミナミノ共和国で、もし暗殺されるようなことがあったら…って。

テロに巻き込まれました、とか何とか理由つけてさ。

でも、そんなことはなかった。

「もう少し拗れるかと思いましたけど、意外にあっさりでしたね」

と、イレース。

本当だよ。

サミットが閉幕し、各国の代表が自分の国に帰るなり。

もう用は済んだとばかりに、ミナミノ共和国はあっさりとフユリ様を解放した。

あれだけ色々理由つけて、何が何でも返さないという姿勢を崩さなかった癖に。

「ミナミノ共和国は、あくまでフユリ様の足止め役ってだけだったんだね」

こちらも安心したように、天音が言った。

そのようだな。

サミットが終わってしまえば、もう足止めの必要はない。

国境は解放するから、どうぞご自由にと言わんばかり。

ミナミノ共和国の気が変わる前に、フユリ様は急いで帰国したようだ。

ミナミノ共和国に言ってやりたいことは、山のようにあるが。

とにかく、フユリ様が無傷で、無事に帰ってこられたのだから。

ミナミノ共和国への文句は、この際口を噤んでおいてやるよ。

でも、この恨み、忘れた訳じゃないからな。

覚えとけよ。

「それで、フユリ様は今…?」

「休む間もなく、サミットの報告書に目を通して…。この後、正式にアーリヤット皇国との問題に対処するつもりみたい」

長い軟禁から帰ってきたばかりなのだから、少しは休んで欲しかったが…。

残念ながら、そうは行かないようだ。

「それに…例の条約のこともあるもんな」

「…そうだね。フユリ様としては、何としても条約を取り下げさせないといけないから…」

ナツキ様がサミットの最中に提出した、例のくそったれな国際条約。

あの条約、かろうじて、今回のサミットの期間中に締結するのは避けられた。

とりあえず、各国で前向きに検討しましょうことで、一時停止。

でも、このままだとアーリヤット皇国の勢いのままに、なし崩し的に条約が結ばれてしまうのは明白。

ナツキ様も、それを狙ってるんだろうし。

とりあえず首の皮一枚は繋がったが、手をこまねいてる余裕はない。

すぐにでも、ルーデュニア聖王国寄りの、親魔導師国家をまとめ。

フユリ様が主導となって、ナツキ様の条約を棄却させなければならない。

…簡単なことではない。

何せ今でも、ルーデュニア聖王国はナツキ様に言いがかりをつけられるままに、世界の悪者になっているのだから。

フユリ様が帰ってきたって、それは変わらない。

結局、ミナミノ共和国の暗躍のせいで、フユリ様はサミットに参加出来なかった。

ナツキ様の言いがかりを、公式に否定する機会を与えられなかったのだ。

これはルーデュニア聖王国にとって、大変な痛手である。
< 358 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop