神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…おおかた、ヴァルシーナが提案して、ナツキ様が決行を命令したのだろう。

ナンセイ民主共和国に罠を仕掛けて、シルナを誘き寄せるように、と。

そうは行くか。

「シルナ、破り捨ててやれ。それ」

その手紙。

馬鹿にしやがって。誰があんたの言うことなんて素直に聞くかよ。

もう二度と、その手には乗らないからな。 

大体、自分はフユリ様からの話し合いの交渉を、再三無視している癖に。

フユリ様には会わないのに、シルナには会いたいってどういうことだよ。

喋りたいなら、フユリ様と喋れ。シルナは関係ない。

ヴァルシーナまで関わっているとなれば、これが罠であることは最早、疑いようもない。

こんな不躾な誘いに応じる必要などない。

ナツキ様が自分の妹にそうしたように、シルナも手紙を破り捨てて、ゴミ箱に捨てるべきだ。

…しかし。

「…」

シルナは手紙を破り捨てることなく、何やら難しい顔で思案していた。

…おい、まさか。

「お前…まさか、行くつもりじゃないよな?」

「落とし穴有り。注意」の看板が立っている場所に、自分から足を踏み入れると?

お前、いつからそんな命知らずに…。

…いや、シルナは昔から、割と命知らずなタイプだったっけ。

ナジュほどじゃないにしても。

「…だって、ナツキ様が私に何を言いたいのか、気にならない?」

「いや?ぶっちゃけどうでも良い」

「…そ、そう…?」

当たり前だろ。

シルナが危険を犯すことを思えば、ナツキ様の意思なんてクソどうでも良い。 

どうしても言いたいことがあるなら、また手紙書いて寄越せば?

わざわざ直接会って話す必要が、何処にある?

信用出来ないんだよ。

「分かってるか?フユリ様もミナミノ共和国から似たような誘いを受けて、馬鹿正直に信じて行ってみたら、サミットが終わるまで軟禁されたんだぞ」

フユリ様が無事に帰ってこられるのか、連日肝を冷やしたあの時のことを忘れたか。

シルナは歳が歳だから、もう忘れてるのかもしれないけど。

俺は忘れてない。

で、今度はシルナが無事に帰ってこられるのか、不安のうちに待っていなきゃならないんだろう?

冗談じゃない。そんな地獄。

絶対に嫌だからな。

「呼ばれて行ってみたら、空港に包囲網張られてるんじゃないのか?」

勿論、その包囲網の中心にいるのはヴァルシーナだろうな。

間違いない。

それなのに、シルナは。

「そうかな…。私はそうは思わないよ」

…何言ってんだ、さっきから。

本格的にボケが始まった…訳じゃないよな?

ボケてる場合じゃないぞ。分かってると思うが。

「…一応、お前の言い分を聞いてやろう」

俺にだって、それくらいの慈悲はあるからな。

聞くだけ聞いてやるよ。
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