神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…ホテルに到着してから、三時間後。

「ふぁぁ…ねむ…」

「…」

「ねぇ、羽久。そろそろ寝ようよ」

「…呑気かよ、お前は」

シルナはベッドに腰掛けて、足をぷらぷらさせながら、あくびを噛み殺していた。

すっかり能天気モードに入ってやがる。

お陰でさっきから、俺が一人で周囲を警戒する羽目になってる。

この国に一歩足を踏み入れたが最後、いつ襲われるか分からない。

そう思って、俺は絶えず周囲を警戒し続けていた。

ベッドの下には何もなかったし、クローゼットの中にも何もなかった。

壁や床に耳を押し付けて、誰か潜んでないか確かめてみたけど…やっぱり何もなく。

さては外から襲撃してくるのかと思って、一応カーテンは開けっ放しにしてあるけど…。

無駄に絶景な夜景が見えるだけで、暗殺者が突入してくる気配は見えない。

それどころか。

「これ本当美味しいね。もちもちしてて、果物の酸味が効いたクリームが最高」

シルナは、さっきガイドさんが届けに来てくれた、例の名産の餅菓子を、もぐもぐと食べていた。

「…お前って奴は…」

無警戒にも程があると思わないか?

ここは、アーリヤット共栄圏の参加国なんだぞ。

ルーデュニア聖王国にとっては、敵対する国なのだ。 

いつ罠に仕掛けられるか、誰が俺達を狙っているか分からないこの状況で。

出された食べ物を、無警戒にもぐもぐ口にするとは。

甘いもの食べて死ぬなら、お前にとっては本望か。

イーニシュフェルト魔導学院の学院長ともあろう者が、毒入りの餅菓子で死んだなんて聞いたら、国中の笑い者だぞ。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、羽久。襲うつもりなら、もうとっくに襲ってるよ」

と、相変わらず楽観的なシルナ。

「何でそう言い切れるんだよ…?」

「本気で襲うつもりなら、船酔いで弱ってた入国時に襲ってきたはずだよ。わざわざホテルまで案内して、回復する時間なんて与えないよ」

それは…。

…そうかもしれないけど。それはあくまで希望的観測だろ。

「時差ボケで頭が馬鹿になってる、寝込みのタイミングを襲うつもりかもしれないだろ」

油断させておいて、安心させておいて…警戒が解けたタイミングを狙ってるかもしれない。

「大丈夫だよ。そんなに気を張ってたら疲れるよ。気を抜けるときは抜いておかなきゃ。明日持たないよ」

「…そうかよ」

明日。明日はいよいよ、ナツキ様との話し合いの日だ。

多分今頃、ナツキ様もナンセイ民主共和国に到着しているのだろう。

…もし本当に、俺とシルナに会うつもりがあるなら、だけどな。

牙を研ぎながら明日を待っているのは、ナツキ様じゃなくてヴァルシーナかも…。

「…はぁ…」

…あぁ、もうやめよう。

警戒し過ぎて、考え過ぎて、頭痛くなってきた。

シルナの言う通り、このままじゃ明日を迎えるまでに、神経がすり減ってしまう。
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