神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
そんな調子で、俺は不躾にも、まじまじとナツキ様を見つめたが。

「心配しなくても、怪しいものは何も仕込んでないよ」

と、ナツキ様は相変わらず、人の良さそうな顔で微笑んだ。

…あ、そう…。

でも、毒りんごを人に勧めるときに、「これは毒入りですよ」なんて馬鹿正直に言う人はいないし。

悪いけど、ナツキ様が何と言い訳したって、全然信用出来ないんだよ。

しかし。

「…じゃあ、失礼して」

シルナは、勧められるままにナツキ様の向かい側に腰を下ろした。

おい。シルナ本気か。

ちらりとシルナを見ると、シルナも俺の方を見て、そして小さく頷いた。

…。

…分かったよ。

俺は心の中で溜め息をつきながら、同じくシルナの横に座った。

座らない訳にはいかないからな。

シルナが言ってたように、罠が仕掛けられているかどうかは、罠に引っ掛かってみなきゃ分からない。

一緒に引っ掛かってやるよ。

精々、腹を探らせてもらうぞ。

「うん、これなんて凄く美味しい。…こっちもなかなか」
 
ナツキ様は、俺が腹を探っていることを知っているのかいないのか。

素知らぬ顔で、大量に用意されたクッキーやマカロンを摘んでいた。

…毒が入っていないことをアピールしているのだろうか?

自分も食べてるんだから大丈夫だって?

油断出来るかよ。クッキーとマカロンだけは無毒で、他のお菓子には何か仕込まれてるかもしれないじゃん。

とてもじゃないけど、手をつける気にはならない…のだが。

「俺は普段、甘いものは食べないんだけど…。たまには悪くないかもしれないな」

「…」

「…どうした?遠慮なく食べてくれ。君達の為に特別に用意してもらったんだ」

…あのな。

そう言われて、分かりましたとホイホイ食べる訳ないだろ。

「それとも、毒見しないと心配か?」

「…そうですね」

悪いけどな。

毒見してもらっても心配だよ。

「そうか。…それは残念だな。折角用意したのに…。ナンセイ民主共和国でも指折りのパティシエに作ってもらった、世界各国の珍しい菓子を用意したんだが」

ふーん。

そのパティシエも気の毒だな。他所の国の王様に命じられて、他所の国の客人の為に菓子を作るなんて。

いくら珍しい菓子だろうが、そんなものでは俺を懐柔することは出来な、
 
「…世界の珍しいお菓子か…。じゅるっ…」

おいシルナ。釣られるな。

馬鹿かお前。ナツキ様の策に良いように引っ掛かるんじゃない。

畜生。初対面のはずなのに、シルナの弱点を的確についてきやがる。

「シルナ、この馬鹿」

俺はシルナの足をゲシッ、と踏みつけた。

正気に戻れ。

「だ、大丈夫だよ。分かってるから…。…あっ、あれはもしかしてバノフィーパイ…!?あっちはラミントン…!」

駄目そう。

お菓子の魔力を前に、シルナの頼りにならないことと言ったら。

やはり、ここは俺がしっかりするしかない。
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