神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
言ってりゃ良いさ。好きなことを。

でも、俺達は何も、ナツキ様の実施する試験を受けに来た訳じゃない。

この人からの評価なんて知ったことか。

「俺達はそのつもりはない。好き勝手言ってんなよ」

段々口調が無礼になっていってる気がするが、ナツキ様は気を悪くした様子もなく。

むしろ、口元に微笑みを称えていた。

その余裕は何処から?

「君がそう言うのも当然だな」

「さっきから、君、君って…。名前で呼んでくれないか」

「そうだったな。これは失礼した…羽久・グラスフィア。…いや、二十音・グラスフィアだったか?」 

その名前がナツキ様の口から飛び出すなり、俺も、シルナも身体を固くした。

…こいつ、何でそのことを。

「…どうしてあなたが、二十音のことを?」 

シルナはお菓子に手を伸ばすのをやめて、静かに尋ねた。

「ある人から聞いた」
 
ある人って誰だよ…と思ったが。

アーリヤット皇国には今、ヴァルシーナがいるんだっけ。

あいつだな。べらべら喋りやがって。

「腹を割って話すつもりじゃなかったの?」

「勿論、そのつもりだ。今現在アーリヤット皇国には、ヴァルシーナ・クルスがいる」 

…随分あっさり、カミングアウトしてきたな。

腹を割って話す、と言っていたのはあながち嘘ではないようだ。

まぁ、ナツキ様が腹を割らなくても、知ってたけどな。

令月達の潜入のお陰で。

「…そう。ヴァルシーナちゃんに聞いたんだね」

「あまり驚いていないな…。ヴァルシーナ・クルスは、君達と因縁のある相手だと聞いていたんだが…。あの女が一方的に目の敵にしてるだけで、君達はあの女を何とも思ってないのか?」

別にそういう訳じゃない。

令月達がスパイしてくれたお陰で、事前に知ってたからだよ。

もし令月達からの事前情報がなければ。

俺達は今頃、ヴァルシーナの名前を聞かされて、度肝を抜いていただろう。

「…それとも、スパイでも送り込んで、事前に知っていた…とか?」

ナツキ様は意味深に微笑んで、そう聞いてきた。

…ぎくっ。

と思ったけど、顔には出さなかった。

大丈夫。令月やマシュリの潜入がバレてる訳じゃない。

ただカマをかけてるだけだ。

「何のことだよ」

ヴァルシーナなんて、俺達にとっては何の脅威にもならない、みたいな顔を装って。

俺は必死に、動揺を見せないよう努めた。

シルナも同じく、お菓子をバリバリ摘むことによって平常心を保っていた。

この場にお菓子があって良かったと、今初めて思ったよ。

人生、どんなものが役に立つか分からないもんだな。
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