神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
身の程をよく弁えているのは良いことだが。

出来ればそのまま、ルーデュニア聖王国からも手を引いてくれれば、もっと有り難かったんだがな。

それは嫌なんだ。

で、代わりに。

シルナと真っ向から対立し、無謀な戦いを挑むのではなく。

こうしてシルナを異国に呼び出し、話し合いによってシルナを懐柔する作戦に出た。

大量に用意された菓子は、ある種の貢ぎ物なのだろう。

この程度の貢ぎ物で、シルナの心が絆されると思ったら、その通りだぞ。

「俺は君と戦いたくない。シルナ・エインリー学院長。あまりに分が悪い」

「…それは…」

「だから交渉したいんだ。お互いにとって利益になる話をしよう」

「…それはつまり私に、君につけと言ってるのかな?」

フユリ様ではなく、ナツキ様の側につけ、と?

「その通りだ。ルーデュニア聖王国ではなく、アーリヤット皇国について欲しい」

「…それはまた、随分急な…大胆な誘いだね…」

「とりあえず、話だけなら聞いてみても良いんじゃないか?」 

「…」

シルナは困ったような顔で、俺の方を見た。

…そうだな。

「…聞いてやったらどうだ?折角ここまで来たんだし」

それに、大量の貢ぎ物までもらってしまった訳だし。

頷くにせよ首を横に振るにせよ、話くらいなら聞いてやれ。

「…分かった。じゃあ、聞こうか」

「感謝する」

「でも、どんな風に説得されたとしても…私が君につくことを選ぶとは思えないけど」

俺もそう思う。

「大体アーリヤット皇国は、反魔導師国家でしょう?それに君は…魔導師を国家の所有物にして、好きなように貸し借りする非人道的な条約を、世界規模で成立させようとしている」

世界魔導師保護条約、だっけ?

あのくそったれな条約の提唱者が、まさか、イーニシュフェルトの里の賢者であるシルナを、味方につけようと交渉するなんてな。

…それに。

「あんたのところには、ヴァルシーナがいるんだろ?シルナが勝手に味方になったら、ヴァルシーナはキレるぞ」

自分に黙って、このようにナツキ様がシルナに交渉を持ちかけに来た…なんて知ったら。

それだけでも、ヴァルシーナがブチギレるのは明白。

ましてやシルナが味方につこうものなら、ヴァルシーナの方からナツキ様を見限るだろう。

最悪、シルナが味方になった代わりに、ヴァルシーナと敵対することになりそう。

うん、充分有り得る話だ。

ヴァルシーナには、いかなる理由があろうとも。

シルナと同じ陣営について戦うなんて選択肢…絶対に有り得ないだろう。
< 417 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop