神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…ジュリス」

彼女は、くるりとこちらを振り向いた。

見た目は全く変わらないのに、その気配とか、立ち居振る舞いの変化で分かる。

「お前…。…ベリーシュか」

「うん」

ベリーシュ・クルークス。

ベリクリーデ・イシュテアの中にある、彼女のもう一つの人格である。

二十音・グラスフィアの中に羽久がいるように、ベリクリーデの中にもベリーシュがいる。

果たしてこれは偶然の産物なのか、それとも神の器たる者の定めなのか…。

別にどちらでも構わないと、俺は思っている。

ベリクリーデはベリクリーデだし、ベリーシュはベリーシュだ。

俺はこいつが誰であっても構わない。

「来たのか」

「うん。目が覚めたから」

そうか。

「…何だろう。…口の中が甘ったるい」

ベリーシュは顔をしかめて、そう呟いた。

それは災難だったな。

「それに…手のひらがべたべたする。これは何?」

「さっきまで、アイスクリーム食べてたからな。豪華5段盛りのアイスクリーム」

「あぁ、成程、それで…」

ベリーシュに罪はないのに、とんだ災難である。

ベリクリーデ、お前後で、ベリーシュに謝っとけよ。

もう寝てるのかもしれないが。

「見てたんじゃないのか?」

「ううん。さっきまで寝てたから…今さっき起きたの」

目が覚めた、ってさっき言ってたな。そういや。

起きたら口の中が甘ったるくて、でもって手がべったべたなんて、どんな悪夢だよ。

気の毒に。

「後で、改めてベリクリーデに説教しておくよ…」

「ううん、構わないよ。彼女のことだから、きっと喜んで食べてたんでしょう?」

喜んで…。

…まぁ、喜んでたな。

「抹茶味が苦手だったことを除けば…確かに喜んで食べてたよ」

「そう。それなら良いよ」

心の広い奴だな、お前は。

自分一人だけの身体じゃないんだから、もう少し気を遣え、って怒っても良いと思うぞ。

「それより…ここは何処?王都じゃないよね?」

ベリーシュは、周囲をきょろきょろ見渡しながら言った。

あ、そうか…。さっきまで寝てたなら、今何処にいるのか分からないんだよな。

「…潮の香りがするね。海が近い…?港町なのかな」

「ご明察だ」

ベリクリーデの百倍、いや千倍は頭が回るな。さすが。

普段はともかく、任務時は常にベリーシュが同行してくれたら、この上なく頼もしいだろうな。
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