神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…フユリ様。

これには、俺は思わず目を見開いた。

しかし、シルナと…ハクロもまた、平然としていた。

こうなることを予想していたと言わんばかりに。

「…いかなる理由があろうとも、私は自国の民を売るような真似はしません。自国の民が苦しむと分かっていて、非人道的な条約を結ぶつもりもありません」

「…」

「このような無礼な要求を、一つたりとも受け入れることは出来ません」

毅然として、真っ直ぐハクロの目を見て。

フユリ様は、きっぱりとナツキ様からの最後通牒を破り捨てた。

…これが、ルーデュニア聖王国の女王の威厳、って奴か。

…シルナより、十倍は格好良いな。

その威厳、大さじ一杯くらいで良いから、シルナに分けてやってくれまいか。

「…」

シルナは、じっと俺を見つめて、何か言いたそうな顔をしていた。

多分いつものあれだろう。「羽久が私に失礼なことを…」っていうあれ。

うるせぇ。今それどころじゃないんだよ。

「…そうですか。ルーデュニア聖王国の民を、戦火に巻き込むことを望まれますか」

ハクロは軽蔑したようにそう言った。

どの面下げて言ってんだ?

こうなったのは誰のせいだと思ってるんだよ。

お前達が余計な手出しをしてこなければ、ルーデュニア聖王国の民も巻き込まれずに済んだんだよ。

自分の投げたブーメランで、身体真っ二つにされてしまえ。

「いいえ、私は戦は望みません。今一度、アーリヤット皇王との交渉を望みます」

ナツキ様の不躾な要求を呑むつもりはない。

しかし、戦争をすることも望んでいない。

あくまで、話し合いによる解決を望む。

フユリ様は、そのスタンスを崩さなかった。

だけど…いくらフユリ様が平和的解決を望んだとしても…。

ナツキ様にそのつもりがないんじゃ、交渉なんて出来ない。

「どうか、軍を引いてください。そしてナツキ皇王陛下に直接会って話したいと…」

「その要求を聞き入れる訳にはいきません」

ハクロは、きっぱりとそう言った。

平和的解決を望むフユリ様の提案を切り捨てた。

…もう駄目か。さすがに無理か。

頭から血の気が引く思いだった。
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