神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
組織と組織との戦いなら、これまでにも何度も経験したことがある。

だけど…国同士の戦争なんて、これが初めてだ。

俺にとって初めてというだけじゃない。

ルーデュニア聖王国にとって、初めての事態だ。

…本気でやるつもりなのか?

脅しじゃなくて?本当に?

俺は、情けないほどに動揺していた。

情けないよな、マジで。

ナジュや令月なんか、物凄く冷静に受け止めていたのに。

いざとなったとき、これほど腰の引けている自分が、本当に情けない。

受けて立ってやる、と言えない自分が。

だって…これまでの、組織同士の小競り合いとは訳が違う。

これまでは、万が一負けても傷ついても、被害を被るのは自分と仲間達だけだった。

でも、今回は違う。

国同士の争いになると、巻き込まれるのは俺達だけじゃない。

ルーデュニア聖王国にいる、全ての国民が巻き込まれるのだ。

大人も子供も、男も女も。

元気な人も病人も、軍人でも非戦闘員でも。

いつ戦火に巻き込まれ、いつ命を落とすか分からない。

国同士の諍いなんて全く預かり知らない、無辜の民が犠牲になるのだ。

彼らはただ、偶然この国に生まれて、偶然この国で育って、偶然この国に暮らしているに過ぎないのに。

国と国との勝手な意地の張り合いのせいで、何の罪もない人々が苦しむのだ。

それって、あまりにも勝手なんじゃないか?

国の中に国民がいるんじゃない。国民がいるから国なのだ。

それなのに、国にとって一番大切な、国民という財産を…国の事情で、勝手に危険に晒して良いのだろうか?

例え受け入れ難くても、ナツキ様の最後通牒を呑むべきなのではないか?

俺は、そんな弱気を起こしていた。

本当に腰抜けだよな。自分でもそう思う。

だけど俺は、この国の平和を守りました。

…いや、正しくは、この国の平和じゃないな。

もっと個人的で、利己的な理由だ。

自分と、自分の大切な人の命を守りたい。

彼らとの平和な毎日を守りたい。

俺が心から求めているのは、それだけだ。

しかしフユリ様は、既にナツキ様の封書を破り捨ててしまっていた。

もう、俺達に選択肢はない。

アーリヤット皇国と戦争をして、どちらかが勝つまで終わらない。

罪のない人の血が、この大地に流されて。

人々の命を生贄に捧げ、犠牲になって…。

そうすることでしか、平和を掴めないなんて。

血で血を洗う争いの果てに手に入れた平和とは、果たして本当の平和と言えるのだろうか…?

多分俺は、そんなことを考えながら、顔を真っ白にしていたのだろう。

「…羽久…」

シルナが俺の名前を呼んでも、すぐには気づけないほどに狼狽えていた。

情けなく怯えまくっている俺に対して、シルナはずっと冷静だった。
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