神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…シルナ…」

そう呼び返す俺の声は、自分でも分かるほどに震えていた。

情けなくて本当。ごめん。

フユリ様の威厳を大さじ一杯もらうのは、シルナじゃなくて俺だな。

なんて冗談が、全く笑えなくて困る。

…しかし。

「…大丈夫だよ、羽久」

シルナは微笑みを浮かべて、俺にそう言った。

…え?

何で…こんなことになってるのに。

こんな絶望的な状況なのに、笑ってみせるんだ?

「君のことは、私が守ってあげるから。これまでも、これからも」

「…シルナ…でも…」

「だから大丈夫。何も心配しなくて良いんだからね」

そう言える根拠が何処にあるのか。

俺を宥める為に、虚勢を張っているだけなんじゃないかと思った。

しかし、シルナには俺と違って、ほんの少しも狼狽える様子はなくて。

むしろ、こうなることを予想していたみたいな顔で。

「横からごめんね、ハクロさん…だったよね」

フユリ様とハクロの間に、強引に割って入った。

お、おい。お前正気か?

国のトップと、正式な使者との謁見だぞ?

ごめんね感覚で、横から口を挟んで良い状況じゃないだろう。

しかし、シルナは涼しい顔だった。

「…何です」

ハクロは顔をしかめて、シルナを胡散臭そうに見つめた。

「さっきから聞いてたら、アーリヤット皇国の国王様は、本気でルーデュニア聖王国と戦争を起こすつもりなのかな?」

仮にも、アーリヤット皇国から正式に来ている使者に向かって。

何だ、その態度は。

お友達と喋ってるんじゃないんだぞ?

「全ては、皇王陛下の御心のままです」

「そう。やっぱり本気なんだ…。…ふふっ」

何で笑ってんの?

シルナのあまりの無礼な態度に、俺はさっきとは違う意味で、背筋が凍ってるんだけど。

「…何がおかしいのですか?」

ハクロの声が、更に低くなった。

これまでも充分低かったのに、これ以上低くなったら、そろそろ空気が凍るぞ。

でも、そうなるのも無理はない。

当たり前だ。自分の仕える国王を小馬鹿にされたのだから。

「おかしいよ。だってナツキ様は、ルーデュニア聖王国と戦争を起こして、本気で勝てるつもりでいるんだもん。笑わずにはられないね」

そう言って、にっこりと微笑むシルナに。

俺も、フユリ様も唖然としていた。

…こいつ、頭大丈夫か?
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