神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…」

ハクロは黙って、シルナをじっと見つめていた。

…果たして、ハクロはこの提案を呑むだろうか?

…呑んでもらわなきゃ困るんだが。

「さぁ、どうかな?ナツキ皇王陛下は『とっても賢い方』らしいから、どういう選択をするのが正しいか、分かってくれると思うけど」

嫌味を言うなって。

そんなこと言われたら、余計ハクロが苛立って、シルナの提案を断るかもしれない。

「それとも、何?自信がないの?決闘なんかしたら負けるって?」

煽り散らしていくスタイル。

もう良い。シルナに任せるよ。

「負けるのが怖い癖に、そんな相手と戦争しようなんてよく思えたね」

「…負けるのが怖いのは、あなたなんじゃないですか?そうやって、開戦を遅らせて時間稼ぎをしようとしてるだけでは?」

魂胆がバレ始めてるんだけど、本当に大丈夫だろうか。

そうだよな。ちょっと冷静になれば分かる。

決闘なんて、シルナが苦し紛れに出した提案だってことくらい。

俺でさえ分かるのに、いくら煽られて頭に血が上っていようとも、ハクロにだって分からないはずがない。

…しかし…。

「そう思うなら、今すぐ戦争する?宣戦布告もなしに他国の領海に入り込んで、不意打ちで奇襲攻撃…なんて、卑怯な手口を使わないと勝てないのは、そっちの方でしょう?」

涼しい顔をして、小馬鹿にしてみせた。

いつもは猫の額ほども度胸のないシルナが、今日はまるで別人だな。

人は見かけによらないって、あれはその通りなんだな。

まぁ、元々…やる時はやる奴だから、シルナって。

これまでもこれからも、こうやってルーデュニア聖王国の危機を救うんだろうな。

「何より、君は単なる一部隊の将に過ぎない。君に決定権はないはずだよ」

「…」

「アーリヤット皇国に帰って、ナツキ様に指示を仰がなきゃならないはずだ。聞いておいでよ、君のご主人様に。私の提案を受けるか断るか」

痛いところを突いてきたな。

「それでもし、ナツキ様が身の程知らずにも私の提案を断ったら、その時は好きにしたら良い。港を砲撃したいならどうぞ」

どうぞ、ではないだろ。

港に駐留している軍隊は帰ってもらえよ。

「賢い皇王様がどんな選択をするか…。期待してるよ」

シルナはそう言って、不敵に微笑んでみせた。

「…分かりました。皇王陛下にお伝えします」

逆ギレして、今すぐ総攻撃の命令を出したらどうしようと不安だったが。

幸い、ハクロは俺より余程冷静だった。

彼女はその場を辞し、ナツキ様にこの事を伝える為、一時的にアーリヤット皇国に帰っていったのだった。
< 456 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop