神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…それだけですか?」

「それだけだよ」

「…分かりました」

一応念押しをして、マミナ・ミニアルは頷いた。

「それでは、両国の代表者がこちらに署名してください」

そして、決闘の条件を書き記した書類に、両国の代表者が署名することを要求した。

…これに署名したが最後、決闘に敗北すれば、先程両者が述べた要求を呑まなければならない。

とても対等とは言えない条件だが、いくら不平等だろうと、これに署名した時点で同意したとみなされる。

…もう引き返せない。

やっぱり今のナシ、は通用しない。

それでも。

シルナはペンを取り、躊躇いなく署名した。

箱買いしたチョコクッキーの納品書に署名するみたいな、何でもない顔をして。

何の躊躇いもなく、ルーデュニア聖王国の未来を賭けた。

「…良い度胸だ」

ナツキ様はポツリとそう呟いて、負けじと自分も署名した。

…いや、ナツキ様は負けたところで、失うものはそれほど大きくないけど。

それでもナツキ様だって、少なからぬ覚悟を以て臨んでいるだろう。

確かに彼は、決闘に負けても、失うものはそれほど多くない。

しかし、アーリヤット皇国がルーデュニア聖王国に敗北した、という歴史は、後世に残り続ける。

決闘に敗北した国の国王として、ナツキ様は後世まで笑い者にされることだろう。

プライドの高い彼に、果たしてそれが耐えられるだろうか?

…耐えられなくても耐えてもらうぞ。

何せ、勝つのはルーデュニア聖王国だからな。

あんたは負け犬になって、吠え面かいて自分の国に帰ってもらう。

そこで一生笑い者にされようが、死んでからも馬鹿にされ続けようが、俺の知ったことではない。

先に殴りかかってきたのは自分の方なのだから。その責任は取ってもらうぞ。

「…それでは、早速決闘を始めます」

両国共に署名を終えるなり。

長ったらしい前置きもなく、早速決闘が始められようとしていた。

まだ心の準備が…なんて言ってられないな。

いっそ、早いところ始めてくれ。

緊張して胃が痛くなる前に。

「まず一回戦、アーリヤット皇国の代表者を選んでください」

マミナ・ミニアルに促され、ナツキ様は自分の背後にいる代表団に目を向けた。

…さぁ。

そこにいる十人の中で、ナツキ様は誰を選ぶ?

緊張の瞬間であった。
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