神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…そんな、まさか。

「ぐっ…おらぁぁぁぁ!」

バニシンは私の右手の短剣を掴み、思いっきりぶん投げた。

私は、咄嗟に右手の短剣から手を離す隙もなかった。

短剣と一緒に、私の身体もバニシンに放り投げられた。

私は、さながらバニシンにぶん投げられたボールのように、凄まじい勢いで宙を舞った。

受け身を取る間もなく、私は何メートルもふっ飛ばされた挙げ句。

競技場の観客席をいくつも破壊して、壁に激突して、壁にめり込むようにしてようやく止まった。

痛みは感じなくて、ただ凄まじい衝撃のせいで、身体が麻痺したように動かなかった。

「ベリクリーデ!!」

「ベリクリーデさんっ…!!」

仲間達が私を…いや、正しくは「前の」私の名前だけど…。

彼らが必死に、私を呼んでいた。

しかし、私にはその声が届いていなかった。

誰の声も、それどころか、何の音も聞こえなかった。

全身を襲った凄まじい衝撃に、息をすることさえ危うかった。

立たなくては。気を失ってはいけない。

戦闘不能だと判定されたら、私の負けになってしまう。

「…げほっ…。…がはっ…」

眼の前がぐるぐると回っている。平衡感覚が失われている。

私は地面に手を付き、無理矢理身体を起こした。

喉の奥に込み上げてきた血の塊を吐き、息を荒くしながら、何とか意識を保とうと努力した。

…大丈夫。まだ倒れない。

掠れていた景色が、ようやく焦点を合わせ始めた。

そこでようやく、対戦相手のバニシンの姿が見えた。

今追撃を受けたら、確実に私は負ける。

しかし、その心配は必要なかった。

…今のところは、だが。

「はぁっ、はぁっ…。くそっ…」

少なからぬダメージを負ったのは、私だけではなかった。

バニシンも負けず劣らず、膝をついて息を荒くしていた。

…どうやら、星辰剣での一撃がかなり効いたらしい。

両者痛み分け、と言ったところか。

…とは言っても、私の方がダメージ大きいみたいだけど。

意識が段々はっきりしてくると共に、忘れていた全身の痛みが襲い掛かってきた。

「…ぐっ…」

思わず、息が詰まりそうになった。

受け身も取らずに、まともに壁や観客席に激突してしまったのだから、身体中酷い打ち身で痛むのは当然だが。

それ以上に、右腕が。

見ない方が良いと思いつつ、私は自分の右腕をちらりと見た。

案の定、私の右腕からは血が滴り、おかしな方向に歪んで曲がっていた。

…あの馬鹿力でぶん投げられたら、そりゃこうなるよね。

せめて、右手一本で済んで良かったと思おう。
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