神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
これじゃあもう、右手はほとんど使い物にならない。

私が右手に持っていた星辰剣の短剣は、柄の部分が歪んで、競技場の床に突き刺さっていた。

しかし、左手の長剣はまだ、私の左手にあった。

あれだけ派手に吹き飛ばされたのに、剣から手を離さなかったのは、我ながら見上げたものだと思う。

…右手はもう、ろくに使えない。痛みに耐えるだけで精一杯だ。

果たして、左手一本だけで、何とか状況を打開出来るだろうか?

どうやら、この期に及んでも、ベリクリーデは目を覚ます様子はない。

相変わらず、深く眠ったままだ。

同じ身体を共有している以上、彼女も同じ痛みを感じているはずなんだけど…。

…信じてくれてるのかな。私なら何とか出来るって。

「はぁ、はぁっ…。くそ、今のは効いたぜ…」

バニシンは獣のような顔をして、私を睨み付けた。

効いたと言うなら、そのまま意識を失ってくれれば良かったんだけど。

それどころか。

「お前、意外と骨があるんじゃねぇか…。よぅし、もう容赦しねぇ」

ぺろりと舌舐めずりをして、バニシンは巨斧を構え直した。

やっぱり、まだやる気か。

そうだよね。

しかも、さっきまでは容赦してやってたみたいな言い方。

「さぁ、勝負はまだ始まったばかりだろ?さっさと続きをやろうぜ」

「…」

…この、獣め。

息を整える暇もなく、再び仕切り直し。

すると。

「審判っ…!もう止めてくれ!」

観客席から、顔を真っ青にした羽久・グラスフィアがそう叫んだ。

…羽久、君って人は。

「ベリクリーデはこれ以上戦えない。見たら分かるだろ!?」

羽久は必死に、審判のマミナ・ミニアルに訴えた。

これ以上この決闘が続けば、私が命を落とすかもしれない。

そう心配して、審判に決闘をやめさせるように頼んでいるのだ。

…ありがとうね、気遣いは有り難いんだけど。

「心配ないよ」

私は、口元の血を拭いながら言った。

確かに、さっき危うく意識を失いかけたけど。

まだやれる。まだ戦える。

国の命運を懸けた戦いに、ギブアップで敗北するような真似をしたら、私は自分のプライドが許さないよ。

最後まで戦い抜くよ。ちゃんと…「戦闘不能」になるまで。

私が本当に戦えなくなれば、あの子が出てきて、代わりに戦ってくれるかもしれないし。

諦めるのはまだ早い。
< 520 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop