神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「でも、ベリクリーデっ…!」

羽久はなおも、私にギブアップを勧めようとした。

ありがとう、心配してくれて。

だけど…。

「平気。まだ戦える」

右手が使い物にならなくなっただけ。

体力も底を突きかけているけど、魔力はまだ豊富に残ってるし。

左手一本に、両脚まで残ってるんだから。

まだ何とか出来る…いや、何とかしてみせる。

乗り越えてみせるよ。

「まだ止めないで。戦えるから」

「ベリクリーデ…。お前、そんなボロボロで…」

そんなにボロボロになってる?私。

自分で思ってるより、傍目から見ると酷いのかもね。

知らない方が良かった。

…すると。

「…よし、分かった。…ベリーシュ」

羽久ではなく、ジュリスが口を開いた。

「やれるだけのことをやって、ぶつけられるものをぶつけてこい。…俺が見届ける」

…ありがとう、ジュリス。

君なら、そう言ってくれると思ってた。

「でも、ちゃんと生きて戻ってこいよ」

「…分かってる。任せて」

心配してくれる人がいるんだから。

ちゃんと、期待には応えないとね。

私は左手の星辰剣を杖代わりに、両脚を地面に踏み締めるようにして立ち上がった。

多分出血のせいだろう。立ち上がった瞬間に目眩がした。

しかし、私は軽く頭を振って、その目眩を払った。

ふらついてる場合じゃないから。

「良い心構えだ。…ギブアップなんかされたら、つまらないからな」

「…」

「さて…どう料理してやろうか」

バニシンはやる気満々で、獲物を狙う獣のように私を見ていた。

…さて、私もどうしたものかな。

正直、もうこれ以上逃げ回るのは無理だ。

早く決着をつけないと、体力に劣る私は圧倒的に不利。

それに、羽久やジュリスには強がってみせたけど。

先程の怪我のせいで、身体中に…特に右腕に、尋常じゃない痛みを感じていた。

このコンディションじゃ、攻撃を躱しながら機を伺って不意打ち…は、とてもじゃないけど無理だね。

作戦を変えないと。

左手と、ろくに役に立たない右腕。

それから、片手の星辰剣一本だけで…勝機を見出すにはどうしたら良いのか。
 
痛みと焦燥で、何も考えられなくなってもおかしくなかったが。

私は何故か、不思議なほどに頭が冴えていた。

脳内麻薬って奴だろうか?あれが大量に分泌されているお陰で、痛みもあまり感じない。

だけどこれは一時的なもので、長くは続かない。

あと数分もしないうちに、脳内麻薬が切れて…私は動けなくなるんじゃないだろうか。

そうなる前に、ジュリスの言ったように…ぶつけられるものを全部、ぶつけないとね。

その為に、私に出来ることは…。

…やっぱり、あれかな。

慣れないことはするものじゃないって分かってるけど、他に方法もないし。

火事場の馬鹿力って奴を信じるよ。

私は身体から力を抜き、膝をつくようにして屈み。

左手で星辰剣を構えて、まともに動かない右手を申し訳程度に添え。

そのまま、息を整えて目を閉じた。
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