神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…そして、今に至る。






いつかのときの為、万が一の為の切り札が。

まさか、こんなときに役に立つとはね。

「…何だ?その構えは…」

「待ち」の構えを取ったまま、微動だにしない私を見て。

バニシンは興味深そうな、挑戦的な笑みを浮かべた。

「何企んでやがるんだ…?…随分面白いことしそうじゃないか」

そう。

私は全く面白くないけどね。出来れば、一刻も早く終わりにしたい。

だから、終わりにしよう。

私が勝つにしても、バニシンが勝つにしても。

私に出来ること、私にやれる精一杯のことをやろう。

ジュリスは言ってた。敵が間合いに入るまでの、「待ち」の時間が辛いって。

本当にそうだと思う。

敵がいつ間合いに入るか、常に神経を尖らせて待ち続ける、この時間は地獄のように辛い。

一瞬たりとも気を抜けない。瞬きの間でさえ惜しくて、目を見開いて間合いを測る。

こちらからは決して仕掛けない。動かない。ただ、向こうが動くのを待つ。

早過ぎても遅過ぎても駄目。

逸る気持ちを必死に抑え、何処までも冷静に構え続ける。

もう、他にこうするしかない。

この一撃に、私は全てを込める。

「…へっ、面白ぇ。何企んでるのか…見せてもらおうじゃねぇか」

バニシンはにやりと笑い、巨斧を振り上げた。

来る。

「そっちが動かないなら…こっちから叩き潰してやらぁ!!」

巨斧を振りかぶり、バニシンはこちらに向かって飛び込んできた。

バニシンが、私の間合いに入った。

瞬間、私は星辰剣を抜いた。

「…無月院流抜刀術、三式」

あのとき、ジュリスが使っていたのと同じ技。

確かに、この抜刀術は難しい。

「待ち」の構えは地獄のように辛いし、ジュリスに型を習っても、覚えるのが大変で。

型を覚えた後も、なかなかジュリスのように素早く動けなくて。

それでも、ジュリスは何度も辛抱強く教えてくれた。

覚えの悪い私の為に、何度も練習に付き合ってくれた。

やっぱり私には抜刀術なんて、向いてないのだろうかと弱音を吐く度に。

ジュリスは何度も私を励まし、鼓舞してくれた。
 
…確かに、敵が間合いに入るまでの「待ち」の時間は辛い。

けど、一度敵が間合いに入ってくれれば。

一度、刃を抜けば。

どんな敵でも、一撃で仕留められる。

…果たして、ジュリスの言った通りだった。

「…散華(さんげ)」

カチン、と星辰剣を鞘に納める音が、小さく私の耳に届いた。
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