神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
ルディシアがイーニシュフェルト魔導学院に来たのは、アーリヤット皇国皇王ナツキ様に焚き付けられたから。

ってことは…。

「じゃあお前は別に、シルナが憎いとかルーデュニア聖王国が嫌いだとか、そういう理由で俺達を攻撃した訳じゃないんだな?」

「うん。皇王の事情なんか知らないけど、俺はルーデュニア人に何もされてないし」

憎む理由もない…。

…本当に遊び半分だったんだな。

遊び半分でゾンビを操るな。

…まぁ、敵意や憎しみがなくて良かったよ。

成程、それでこんなに大人しいんだな。

閉じ込められても、別に抵抗する理由もないから。

ルディシアを敵に回さずに済んで、本当に良かった。

もう二度とゾンビと相対するのは御免だ。

生身の人間なら良いって意味じゃないぞ。

「…それでお前、これからどうするんだ?」

ルディシアに敵意がないことは分かった。

それでも、ルディシアがイーニシュフェルト魔導学院を襲ったのは事実。
 
本来なら、然るべき場所に出て裁かれ、罪を償わなければならない立場だ。

…しかし、ルディシア相手にそれは無意味だろう。

そもそもルディシアはルーデュニア人じゃないし、ルーデュニア聖王国の国籍も持たない。

ルーデュニア聖王国の法律で裁くことは出来ない。

それに、仮に牢屋に閉じ込められたとしても。

死体を操る能力を持つルディシアにとって、鉄格子も南京錠も、彼を捕らえる何物にもならない。 

閉じ込めても無駄ってことだ。

「アーリヤット皇国に帰るのか?」

それが一番、自然な流れではある。

ルディシアはアーリヤット皇国の皇王直属軍…『HOME』の軍人なんだろう?

一応そこが、ルディシアの帰る場所…になるんだと思うが…。

でも、心配事があるとしたら…。

「任務に失敗したんでしょ、この人。帰ったら処分だね」

俺が危惧していたことを、令月はあまりにもさらりと口にした。

…もう少しオブラートに包めよ。

ルディシアにとっては、正しく生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ。

ルディシアは、任務に失敗した。

シルナや生徒達をどうにかするどころか…ゲンコツ一発で黙らされ、その結果聖魔騎士団に囚われてしまった。

皇王にとっては、屈辱以外の何物でもなかろう。

自分に恥をかかせたルディシアを、ナツキ様はどうするだろう?

…全く読めないな。

案外軽く流して許すのか、それとも…。

令月の言う通り、任務に失敗した軍人は要らないとばかりに。

…処分…処刑…も、有り得るかもしれない。

「…シルナ、分かってると思うが…。こいつが殺される可能性があると分かってて、アーリヤット皇国に戻す選択肢はないぞ」

「分かってるよ、勿論。ルディシア君を処刑させるようなことはしない」

当然とばかりに、シルナは頷いた。

良かった。

まぁ、お前はそういう奴だよな。

アーリヤット皇国に帰って、ルディシアが殺されるようなことになってはならない。

「…何で?俺が殺されようとどうしようと、あんた達には関係ないでしょ」

ルディシアは怪訝そうな顔でそう言った。

馬鹿め。

確かに、お前が処分されようが許されようが、俺達にとっては関係ない…のかもしれないが。

関係のないことに首を突っ込むのは、シルナの専売特許みたいなもんでな。

放ってはおけないんだよ。どうしても。
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