神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「思い出してくれよ、誰か。頼むから…」

今より不幸な世界が本当の現実だ、なんて。

信じたくないかもしれないけど。

そんな世界があるなんて、想像したくもないだろうけど…。

でも、それが本当の現実なんだよ。

目を逸らしても、必死に上辺だけ綺麗なものに塗り替えても。

それは偽物の記憶であって、誰かに騙されているだけだ。

「多分、これは三回戦の…決闘相手の、ハクロとコクロの罠なんだ」

俺の仲間達を洗脳して、催眠術みたいなものをかけて…。

それぞれにとって幸福な世界を作り出し、現実に帰らせないように。

この世界に、俺達を閉じ込めようとしているのだ。

…そう考えるのが妥当だろう。

そうでもなきゃ、この現実の説明がつかない。

…だけど、気になるのはシルナが存在しないことだ。

何で、この世界にはシルナが居ないんたろう?

俺をこの世界に閉じ込めておきたいなら、シルナを存在させるべきだったのに。

シルナがここに居ないのは、また別の理由があるのだろうか。

例えば。

シルナはシルナで…こことは違う別の世界にいる、とか。

もしそうだとしたら、ますます、俺はこんなところでグズグズしていられない。

早く現実に帰って、シルナを助けに行かなくては。

…それなのに。

「…羽久さんが、嘘をついていないのは分かります。冗談でこのようなことを言う方じゃないことも、百も承知です」

シュニィが、静かに口を開いた。

「…ですが、私達にとっては…。羽久さんがいくら私達を間違っていると主張されても、私達にとっては、羽久さんの方が意味不明な主張を繰り返しているようにしか見えないんです」

「…!」

…また、それだ。

おかしいのは俺の方だって…。

「間違ってるのは俺だって言うのか…?俺の中にあるこの記憶を、偽物だって?」

「勘違いするなよ。別にあんたの気が狂ったとは思ってねぇよ」

と、ジュリスが答えた。

「だけど…現状、この世界がおかしいなんて言い出してるのは、あんただけだ。俺達の目には、あんたが洗脳されてるようにしか見えない」

「…」

「ここにいる全員が洗脳されてるんじゃなくて、あんた一人が洗脳されてるんじゃないか。そう思うのは当然じゃないか?」

洗脳されているのは、シュニィやジュリス達じゃなくて…俺?

俺が洗脳されている?ハクロとコクロの手によって?

「じゃあ…俺の中にあるシルナの記憶も…偽物だって言うのか…?」

「…その、決闘相手だっけ…?そいつらに植え付けられた、偽物の記憶なんじゃないか」

「少なくとも俺達は、何度聞かれても全く思い出せませんしね。どう見ても、おかしなことを主張しているのはあなたです」

キュレムとルイーシュが、残酷にもそう言った。

俺は何も言い返せず、黙り込んでしまった。
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