神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
おかしいのは…俺。

シュニィ達がおかしくなってるんじゃなくて。

本当におかしいのは…俺だって…。

…だって、他にどうすれば良いのか分からない。

シルナがこの世界に存在した、確かな証拠を示せれば話は早い。

だが、そんなものはここにはない。

俺が一方的に、根拠もなしに、シルナの存在を主張し続けているだけだ。

でもシュニィ達は覚えていないから、俺がいくら声高に主張しても、首を傾げるばかりで…。

段々と、俺の頭がおかしくなったんじゃないかと思い始めている。

どうしたら良いんだ。

俺は、自分が本当のことを言っていると思い込んでいる。

でも同じようにシュニィ達も、自分達の生きているこの現実を、本物だと信じている。

「…百歩譲って、あなたの言う…シルナさんの居る世界が、正しい世界なんだとしましょう」

ナジュが口を開いた。
 
「もしそうだとして…。そちらが正しい世界なんだとしても…元の世界に帰りたいと、僕達が思うと思いますか?」

「…え…?」

「例え羽久さんが主張する世界が本当の現実で、僕達が居るこの世界が偽物なのだとしても…僕は、ここに居たいです」

…何で。

ここに居たいって…。だって、ここは偽物の世界なのに。

しかし。

「だって、僕達にとってはここが現実で…。そして、この世界で幸せに生きているから」

「…!」

「元の世界が今の世界より不幸になるなら、僕は帰りたくありません」

当たり前のことだ。

ナジュにとっては、当たり前のこと。

「元の世界だと僕は、リリスと引き離されて死ぬほど辛い思いをするんでしょう?それは嫌です。僕は、リリスと一緒に生きていたい」

「…私も。ナジュ君に不死身の苦しみを押し付けるくらいなら、ここが偽物の世界でも、私は構わない」

ナジュとリリスが言った。

二人だけではない。

「…私もです。親友がいない…彼女を失った世界なんて、行きたくありません」

クュルナまで。

「彼女を失わずに済むなら、私はここに居たいです。そんな苦しみ…味わいたくないです」

「…」

そう思うのも当然だ。

今持っている大切なもの、大切な命や幸福を。

みすみす手放してまで、不幸な世界に帰りたいと望むだろうか?

俺が一方的に主張する、いかにも不幸そうな元の現実に。
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