神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
何だか、以前見たドッペルゲンガーみたいだね。

私に優しいことを言ってくれるイレースちゃん…うん、偽物だ。

間違いなく、ここは幻の世界だね。

これほど分かりやすい証拠はない。

「それじゃ、ケーキをお持ちしますね。一緒にホットチョコレートも如何ですか?」

「…いや、遠慮しておくよ」

これがいつもの…本当の現実で。

本物のイレースちゃんが、同じように私にチョコケーキとホットチョコレートを勧めてくれるなら、嬉しかっただろうね。

…いや、それはそれで不気味過ぎて、逆に食べられなかったかも。

ともかく。

幻の世界でケーキなんか食べても、何も嬉しくないし、美味しくもないよ。

夢の中で一人で最高級ケーキ食べるくらいなら、現実で皆で駄菓子食べた方が遥かに美味しいと思う。

美味しいもんね、駄菓子。たまに食べたくなる。

「え?どうされたんですか…?…やっぱり、体調が優れないとか?」

「むしろ、体調が優れないのは君の方じゃないかな…」

現実と違い過ぎて、無理してるんじゃないかと心配だよ、私は。

それはさておき。

「現実でもないのに、美味しいケーキなんか食べても何も嬉しくないからね」

「…現実じゃない…?どういう意味ですか?」

「イレースちゃん。君は今目の前にあるこの現実が、本物の現実だと思う?今の君の姿が、本物の君の姿だと思ってるの?」

「…」

私に問いかけられて、イレースちゃんは虚を突かれたように固まっていた。

果たして幻は、自分が幻であることを自覚しているのだろうか。

…しかし。

「…あの、仰る意味が全く…。私は私です。いつでも」

「…」

「本当の私って…?今の私が本当でしょう?」

そう思ってるなら、君は幻だよ。

「本当のイレースちゃんはね、私を優しく起こしたりしない。寝起きにケーキを勧めたりしない。乱暴に殴り起こすか、脳天に雷魔法を打ち込んで起こすよ」

「えっ…!?」

「そして、私がチョコを食べてると、『またそんなものばかり食べて…』って眉をひそめ、ついでに私を『パンダ学院長』と罵るだろうね」

「…!なんてことを…!」

それが、いつものイレースちゃんなんだよ。

あれで慣れてるから、突然優しくされると恐ろしくて堪らない。

イレースちゃんはやっぱり、いつものイレースちゃんであって欲しいよ。

…いや、現実のイレースちゃんも、もうちょっと優しくなってくれたら嬉しいけど。

優しくなり過ぎたら、それはもうイレースちゃんじゃないから。

「偉大なイーニシュフェルトの聖賢者様に向かって、何ということを…。私は決して、そのような無礼は致しません。申し訳ありません」

イレースちゃんは、酷く申し訳無さそうに謝った。

別に君が悪いんじゃないけどね。

「私は誠心誠意、敬意を持って聖賢者様にお仕えすると誓います」

そう言って、イレースちゃんは頭を下げた。
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