神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
イーニシュフェルト魔導学院の校舎内は、私の記憶にあるものと変わらなかった。

廊下を歩く生徒達の顔も名前も、声も制服も全部、私の記憶通り。

すれ違う度に、立ち止まって私に挨拶をしてくれる光景も。

全て、私の記憶の通りだった。

…ただ、唯一違うのは。

「おはようございます、聖賢者様」

「聖賢者様、今日の気分は如何ですか?」

「聖賢者様。おはようございます。今日もお会い出来て嬉しいです」

いつもなら、友達に挨拶するみたいな気軽さで声をかけてくれるのに。

この世界にいる生徒達は、いちいち妙に畏まった挨拶をした。

…え?本来学院長に挨拶するときは、これくらい畏まった挨拶が普通だろうって?

よその学校ではどうか知らないけど、私は嫌だよ。

もっとフランクに、友達に会うときのように声をかけて欲しい。

何なら、敬語で話さなくて良いよ。

「よっ!おはよー」くらいの気軽さで良い。

それなのに生徒達は皆、私を見る度に立ち止まり、深々と頭を下げ。

王様にでもするように、丁寧な挨拶をするのだ。

そんな風にされたら、私も同じように一歩引いて、他人行儀の挨拶を返さざるを得ない。

凄くむず痒いって言うか…居心地が悪い。

イーニシュフェルト魔導学院は私の家のようなものなのに、まるで知らない他人の家に招かれたような居心地の悪さ。

それに…何より気になるのは。

イレースちゃんと同じように、生徒達が私を「聖賢者様」と呼ぶことだった。

学院長でも先生でもなく、いちいち馬鹿丁寧に「聖賢者様」と呼ぶ。

物凄くタチの悪い冗談みたいだ。

でも、この世界が幻であることを証明する、何よりはっきりした証拠でもある。

私が聖賢者であったことは、元の世界の生徒達は一切知らないはずなのだから。

それなのに、彼らは私を「聖賢者様」と呼ぶ。

この世界は、私の知る元の世界とは事情が異なっているようだ。

誰も彼も、私に対して他人行儀に接するのは、そのせいなんだろうね。

更に。

「あ、聖賢者様…!こちらにいらっしゃったんですね」

「…天音君…」

廊下の向こうから、私の姿を見つけた天音君がやって来た。

どうやら、この世界にも天音君は存在しているらしい。

イレースちゃんが居るんだから、天音君が居てもおかしくないよね。

「良かった。探していたんですよ、聖賢者様…」

そして、君まで私をそう呼ぶんだね。

嫌だなぁ。慣れない…慣れたくもないけど。

「私に何か用?」

「いえ、その…。イレースさんから、聖賢者様のご様子がおかしいと聞かされて…」

「…」

「よもや、体調が優れないのではないかと…。もしそうなら、僕に診させてもらえませんか?」

…いつも優しい天音君は、この世界でも健在のようだね。

優しいのに、それだけに妙に他人行儀な態度が気になってしょうがないよ。
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