神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「それに、ナジュさんのことだって…」

と、天音君は続けた。

イレースちゃんも天音君も、イーニシュフェルト魔導学院にやって来た経緯が、元の世界とは違っている。
 
多分、ナジュ君もそうなんだろうね。

さっきナジュ君のこと、召喚魔導師だと言っていた。

ナジュ君は…確かに昔は召喚魔導師だったけど。

リリスちゃんと融合してからは、彼は召喚魔導師とは呼べない存在になった。

そのことは、イレースちゃんも天音君も、皆分かっているはずだ。

それなのに、敢えてナジュ君を召喚魔導師と呼ぶからには。

恐らく、それなりの事情が…。

「ナジュさんはこれまでずっと、軍属の召喚魔導師として、子供の頃から大人達に利用されて…人殺しを強要されていたそうですね」

「…」

…そうなの?

そりゃ元の世界では、軍属召喚魔導師として徴発されたと聞いてるけど…。

それはもっともっと昔の過去であって…。

「そんなナジュさんを、聖賢者様が救い出したんじゃありませんか。長く続いていた戦争をあなた様が終わらせ、軍に利用されていたナジュさんを助け出し、学院に誘って…」

「…」

「あのとき聖賢者様が来てくださらなかったら、いつ死んでもおかしくなかった、ってナジュさんは言ってましたよ。僕もイレースさんもナジュさんも、聖賢者様に救われたんです」

「…そう」

そうなんだ。そんなことがあったんだ。

私には全く記憶がないけど。

「はい。ですから、聖賢者様は僕らにとって救世主なんです。聖賢者様にとっては大袈裟かもしれませんけど、僕らにとっては紛れもなく、僕らの人生を救ってくださった救世主…」

君の話が本当なら、確かに私は君達にとって救世主…にも等しい存在だろうね。 

君の話が本当なら、ね。

「僕らだけじゃありません。この学院に居る者は皆、聖賢者様に救われてここに居るんです。どうか、もっと胸を張ってください」

そう言って、天音君は嬉しそうに微笑み。

拝むように両手を組んで、私に向かって深々と頭を下げた。

居心地の悪さが尋常じゃない。

救世主だか何だか知らないけど。

信頼しているはずの仲間に、崇め奉られ、崇拝されるなんて…。

…そんなことしてもらう為に、私は君達を助けたんじゃないだろうに。

大体、さっきの話。

全部、私の記憶にはないんだけど?

…この学院に居る者は皆、私に救われたからここにいる…って言ったよね。

ってことは…。
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