神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…何だろう。

ストレート速球が来ると思って身構えてたら、消える魔球が飛んできた気分。

バットを振る余裕もない。

「?どうかしましたか?シルナ様」
 
「あ、いや…」

…。

女性相手に失礼だと思いつつも、私はヴァルシーナちゃんをまじまじと見つめてしまった。

…本当に…ヴァルシーナちゃんだ。

少なくとも、見た目は完全にヴァルシーナちゃんに相違ない。

この子、本当にヴァルシーナちゃんだよね?って、マシュリ君に聞こうと思ったのに。

気を利かせたつもりなのか、いつの間にかマシュリ君は、窓から出ていってしまっていた。

仕方がない。マシュリ君に確認出来ないなら、本人に聞くまで。

「…君、本当にヴァルシーナちゃん…だよね?」
 
「はい…?」

「私の知ってるヴァルシーナちゃん?」

「知ってるも何も…ヴァルシーナですけど、それが何か…?」

「そ、そっか…」

君は確かにヴァルシーナちゃん…なんだろうけど。

どうやら、私の知ってるヴァルシーナちゃんではなさそうだね。

ヴァルシーナちゃんの姿をした…別人だ。

だって、私の知るヴァルシーナちゃんが、私に対してこのような柔らかい表情を見せるはずがない。

これまで何回も、ヴァルシーナちゃんとは会ってきたけど。

大抵、殴り合うか騙し合うかのどちらかだったもんね。

あ、でも…賢者の石の欠片を渡しに来てくれたこともあったっけ…。

いがみ合ってなかったのは、かろうじてあのときくらいだろうか。

いや、私はヴァルシーナちゃんと喧嘩したいと思ったことは一度もないんだよ。

ただ私、一方的にヴァルシーナちゃんに蛇蝎のように毛嫌いされてるから。

まぁ…彼女が私を憎むのは、当然なんだけど。

それだけのことを、私はこの子にしたんだから。

憎まれて当然。恨まれて当然。それは分かっている。

でもそれだけに、こうしてヴァルシーナちゃんと普通に…。

睨み合うことなく話していると、どうも不自然と言うか…。

…君、本当にヴァルシーナちゃん?って聞きたくなる。

普段の習慣とは恐ろしいものである。

まさか、普通に話をするだけで違和感を覚えるとは…。

「ただいま戻りました、シルナ様。遅くなってごめんなさい」

「あ、いや…」

「これでも、かなり急いだんですよ。でも、王都に戻る列車が遅れていて…」

「…」

「こんなに遅くなってしまいました。本当にごめんなさい」

いや、君は何も悪くないんだよ、とか。

謝らなくて良いんだよ、とか。

無事に戻ってきてくれて良かった、とか。

君、本当にヴァルシーナちゃんで合ってるよね?とか。

言いたいことは、山程あるのに。

「…羽久は何処に居るの。知ってる?」

私の口から出てきたのは、全く関係のない質問だった。
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