神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
あまりにも突拍子のない質問だけど。

でも、今私の心の中を占めているのは、それだけだった。

それ以上に大切なことなんて、私にはなかった。

「君なら知ってるよね?羽久のこと…」

私が何より羽久を大事に思ってること。

私が…羽久に執着していることを。

君がヴァルシーナちゃんなのなら、知ってるはずだ。

しかし。

「えっ…?は、はつね…さん?」

ヴァルシーナちゃんは、誰のことを言っているのか分からないという風に首を傾げた。

…成程、知らないんだ。

じゃあ、君はヴァルシーナちゃんではないね。

…まぁ、当然か。

この子が本当にヴァルシーナちゃんなのなら、こんな風に私と普通に話をするはずがない。

ヴァルシーナちゃんが、無警戒に私のもとにやって来て。

しかも、「お前」とか「貴様」じゃなくて、ちゃんと名前で…様付けで呼んでいる時点で。

この子が私の知るヴァルシーナちゃんじゃないのは、一目瞭然だ。

つまりこのヴァルシーナちゃんも、天音君やイレースちゃん達と同じ。

顔が同じなだけの、そっくりさんだ。

「羽久だよ。羽久・グラスフィア…。イーニシュフェルト魔導学院の教師の」 

「きょ、教師…?…えぇと、誰のことですか…?」

「…」

知らないんだね。
 
君が知らないってことは、きっとイレースちゃんやナジュ君に聞いても、同じ答えが返ってくるんだろうね。

羽久のことなんて、知らないって。
 
成程、ここはそういう世界なんだ。

ようやく納得した。理解したよ。

何故か私が聖賢者と呼ばれて、救世主扱いされて。

ヴァルシーナちゃんが、まるで私の右腕のように傍に居る。

…羽久の代わりでも務めるかのように。

…冗談キツいよ。この世界。

「…誰の代わりにもならないよ、羽久だけは…」

別の誰かを宛てがっても無駄。

私の隣にいるのは、羽久以外には有り得ない。
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