神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「えぇと…ごめんなさい。誰のことを言っているのか分からないんですけど…」

「…」

「シルナ様のお知り合いの方ですか?」

…羽久を知り合いだとするなら、君は…赤の他人レベルだね。

「いや…分からないのなら良いよ。別に…」

ヴァルシーナちゃんに聞いても分からない。ってことは。

多分イレースちゃんや、ナジュ君達に聞いても分からないんだろうね。
 
天音君も…。羽久のことなんか、一言も口にしなかったし。

恐らくこの世界には、羽久は存在していないんだろう。

その代わりに、私と犬猿の仲であるはずのヴァルシーナちゃんがいる…。

私にとっては、全く価値のない世界だ。

果たして、どうしたものかな…。

「…あの…シルナ様…」

私の機嫌を損ねてしまったのかと、ヴァルシーナちゃんはおずおずと声をかけてきた。

別に君が悪いんじゃないから、気にしなくて良いんだけどね。

私がどうにかしなければならないことだ。結局は。

「何?」

「それで、その…報告なんですが、イーニシュフェルトの里にいるお祖父様、とても元気そうでした」

…。

…は?

私はヴァルシーナちゃんが何を言っているのか分からなくて、思わず目を点にしてしまった。

しかしヴァルシーナちゃんは、私のそんな様子にも気づかず。

嬉々として、自分の報告を続けた。

「段々今の身体にも慣れて、普通にお話が出来るようになったようです。今はベッドから起き上がって、歩く訓練を少しずつ始めているそうです」

「…」

「経過はとても順調だそうですから、この調子だと来年の今頃には、以前と同じように…生きていた頃のように、普通に生活が出来そうです。…その時が楽しみですね」

ヴァルシーナちゃんって、こんな顔が出来たんだと思うほどに。

彼女は嬉しそうに、にこにこしながら教えてくれた。

ヴァルシーナちゃんがかつてないほど嬉しそうで、それは良いことだと想うんだけど…。

彼女が何のことを、誰のことをそんなに嬉しそうに喋っているのか、私には分からない。

「ヴァルシーナちゃん…。…一体何のこと?何について喋ってるの…?」

「え…?何って…。お祖父様のことですよ。イーニシュフェルトの里の、前の族長様です」

ヴァルシーナちゃんの祖父。イーニシュフェルトの里の族長。

私にとっては、聞いただけで背筋が凍りそうな言葉だった。
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