神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
私の内心の葛藤をよそに、ヴァストラーナ族長は嬉しそうに、私の訪問を歓迎した。

「よく来たな、シルナ・エインリー…。いや、今はイーニシュフェルトの聖賢者と呼んだ方が良いか」

「…」

「あの小さかった若造が、よくもまぁこれほど立派になったものよ。…そうなるだろうとは思っていたがな。昔から、お前には天性の才覚があった。この世の救世主となり得る器がな」

…死体とは思えないくらい、饒舌に喋るんだね。

しかも、私のことをべた褒め。

あの族長が、だよ。

私のやることなすこと、一度として認めてくれなかったような人が。

あの族長が私を褒めるなんて、とても信じられなくて。

見た目だけじゃなくて、やっぱり中身も別人なんじゃないかと疑うほどだ。

だけど…昔の私を知ってるってことは、この族長には過去の記憶があるのだ。

じゃあやっぱりこの人は、ヴァストラーナ族長のそっくりさん…とかではなく。

本物の、ヴァストラーナ族長の魂を宿しているのだ。

魔導科学では、その人の本質は肉体ではなく、魂だと考えられている。

いくら肉体が別人のものだろうと、中身がその人のものなら、それはその人本人だと考える。

実際ヴァルシーナちゃんも、この人を「お祖父様」と呼んでいた訳だし。

珠蓮君も他の皆も、この人を族長だと思っている。

だけど、私はどうしても…この人がヴァストラーナ族長だとは思えなかった。

ただの死体だ。

死体が喋ってるに過ぎない。

「見事邪神を討ち滅ぼし、我ら一族の悲願を果たしたそうだな」

その死体が、なおも私に話しかけ続けた。

あぁ。

そうらしいね。この世界では。

「全て、ヴァルシーナから聞いた。邪神を滅ぼした後、国を造って魔導師を養成する学院を開き、この里を再建したと」

「…はい」

そうみたいだね。

私は全く記憶がないけど。

「よくぞ使命をやり遂げた。ここに至るまで、数多くの労苦があっただろう」

「…」

「だが、お前はやり遂げたのだ。己の使命を果たし、イーニシュフェルトの聖賢者の二つ名に恥じない働きをした。シルナ・エインリー。お前は我ら一族の誇りだ」

…誇り、誇りだって。

…それは皮肉か。

カンニングで百点満点を取ったテストを、褒められているようなもどかしさ。

決して私の功績じゃないのに、何故私が褒められているのか。

私は決して、族長の思っているような人間ではない。
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