神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
あの族長が、私に対してべた褒めとは。

本当にあのヴァストラーナ族長なのかと、疑いたくなる。

実際、この人はヴァストラーナ族長ではない。

だってここは幻の世界であって、本物の族長は、今もイーニシュフェルト魔導学院の土の下に眠っているのだ。

思い出してみると良い。

ルディシア君が土の下から掘り起こした、本物の族長の死体と相対したとき。

あのとき、鋭い眼光で私を睨んでいた…族長の憎しみに燃える目を。

あれが、あれこそが本物だ。

今目の前にいる族長は、ハクロとコクロが私に見せている幻。

…そんなことは分かっている。

分かってるけど…考えずにはいられない。

私は、こんな風に褒めてもらえることを、心の何処かで期待していたのだろうか。

よくやった、よくぞ使命を果たしたと。 

そう言ってもらって、皆に聖賢者だと持て囃されて、褒められて期待されて。

あなたは素晴らしい人だと、そう認めて欲しかったのだろうか。

その欲望が、この世界を作り出しているのだろうか。

二十音をこの手で殺した代償が、これなのか。

…満たされない。

これじゃ満たされないよ。私は。

「それから…これもヴァルシーナから聞いたのだが」

「…はい?」

「お前は、再建されたこのイーニシュフェルトの里を、外の世界に開かれた場所にしたいと考えているそうだな」

…そうなの?

でも…確かに、私ならそう思ってもおかしくないかもしれない。

私は昔、元のイーニシュフェルトの里にいた頃から。

閉じられた里の世界を、もっと外に広げようと考えていた。

里の人間は決して、外の世界と交流してはならない。

長老達が考える、このような古めかしい価値観を変えようとしていた。

里にいた頃は、私がいくら意見を述べても、若造の言うことだと聞き入れてもらえなかった。

しかし、今は。

私のような若造の意見に反対する長老達は、族長を除いて一人もいない。

そして、墓から蘇った族長自身でさえも。

「ヴァルシーナや、ここにいる珠蓮を通じて、外の世界と交流すると良い。若者の方が受け入れられやすいだろう」

里が外の世界と交流するなんて許さない、ではなかった。

「もう少し里の再建が進んだら、外の人間を招き、外との交流を深めよう。少しずつな」

私は、思わず耳を疑った。

あの族長が、外の世界と交流することに対して、これほど前向きな発言をするなんて。

「…どうしてですか?」

幻と会話をしても仕方ないと分かっているのに、私はそう聞き返していた。

「里が外と交流することを…あれほど反対されていたのに…」

「…そうだな。以前は、お前の意見には耳を貸さなかった。今でも我は、個人的には外の世界と関わりを持つのは反対だ」

やっぱり。 

でも、族長は反対しているのに…何故私の意見を優先させようとするのだろう?
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