神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「あなたに一つだけ、言っておくことがあります」

「…何だよ?」

「あなたが僕達の為に、僕達の幸福を思ってくれているように…。僕達もまた、あなたの幸福を願っているんですよ」

…そ、れは。

「今の世界は、確かに幸せです。でもそれは僕達にとってそうであるだけで、あなたにとっては違う。いくら僕達が幸福でも…その幸福が、あなたの犠牲によって成り立っている仮初めの幸福なら…。僕達は心から、この幸福を享受することは出来ない」

「…質問には答えられない、んじゃなかったのか?」

思いっきり答えてるじゃないか。

「これは、あなたがどうするべきかを指示しているんじゃありません。ただ、僕らが心の中で考えていることを代弁しただけです」

「そうか」

「それと、個人的には…リリスと別れたくないので、僕はこの世界に居たいです」

「…そうか」

よく分かったよ。その気持ちは。

他にも、同じように思う者はいるだろうな。

俺の犠牲の上だということを承知で、今の自分の幸福を守りたいと思う者は。

そう思うことは罪じゃない。

自分が幸福じゃないと、仲間の幸福なんて考えられるはずがない。それは当たり前だ。

…だけど、それは俺も同じなんだ。

「それじゃ、よく考えてください」

「あぁ。…ありがとう」

「どういたしまして」

言いたいことを言って、ナジュは俺の部屋を出ていった。

…全く、自称イーニシュフェルト魔導学院のイケメンカリスマ教師、の名は伊達ではないな。

格好良過ぎだろ。

今までずっと胡散臭く思ってたけど、今度から改めるよ。

ナジュが、俺の心のモヤを晴らしてくれた。

そう。簡単なことだ。単純なことだ。

仲間の幸福を犠牲にしてまで戻りたいか。

それとも、自分を犠牲にして仲間の幸福を守るか。

俺は幸福になりたいか、否か。

選んだ選択の責任を取る覚悟が、あるか。

結局は、たったこれだけの単純な話なのだ。

どうやら俺は、難しく考え過ぎていたようだな。

仲間の為を思うなら、俺はここに残るべき。

だけど俺は…俺の幸福を諦められない。

いや、違う。

もっともっと…単純な話。

心の何処かで分かっていたのに、認めようとしなかった。

誰に対しても誠実であろうと、一生懸命仮面を被っていた。

だけど、もう目を逸らすのはやめるよ。
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